地面の上でゆっくりと開いたり閉じたり
これは、奇妙な体験をした友人の話。
浅い山で軽めのハイキングを楽しんでいた。
午後の中半、道脇の石に腰を下ろし、軽く食べて休憩しようとザックを開けた。
菓子パンを取り出していると、視界の隅に何か蠢(うごめ)く物がある。
顔を上げると、少し離れた道上に見慣れた形が落ちていた。
自分のものと同じくらいの大きさの、『人の右手』。
ちょうど手首から上の部分が、地面の上で指をゆっくりと開いたり閉じたりしている。
白い肌に浮いた青い静脈が、いやに目に付く。
何を見ているのか理解するより早く、手はスススッと滑るようにこちらに向かってきた。
「うわぁ!」
思わず声を上げ、後ろに仰け反り、腰を下ろしていた石から転げ落ちた。
慌てて起き上がり辺りを見回すと、もう右手はどこにも見えない。
そしてまだ一口も食べていない菓子パンも、綺麗さっぱり無くなっていた。
(終)
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