通夜で寝てしまった時にみた夢

 

ちょっと前に友人の兄が亡くなった。

 

俺は友人（Gとする）の家に行って、

焼香をあげた。

 

Gと俺は昔から、

 

それこそ一番古い記憶にも顔を出す

くらいの付き合いだった。

 

Gの兄は俺達よりも6つ離れていたが、

 

世話係といった感じで、

渋々ながらも俺達の面倒を見てくれていた。

 

だから結局、Gと同じくらいに

古い記憶に残っている。

 

Gの兄さんは凝り性というか、

学者タイプで、

 

大学もダブって院まで行っては

研助手になって、

 

ひたすら研究していたらしい。

 

愛想はよくないし、

 

教授のこともよく無視して

自分のことばかりやっていたので、

 

『生真面目な変わり者』

 

と思われていたらしい。

 

よくは知らないが、

キノコとか粘菌の研究だったらしい。

 

彼は都合4年かけて、

集大成の論文を上げたばかりだった。

 

それは彼の最後で最高の、

まさに人生を賭けた結晶だったのだと思う。

 

彼自身、

 

「これ終るんだったら、

ピリオド打ってもいいくらい」

 

とよく言っていたそうだ。

 

Gも、

 

「そういう意味の言葉は

始終聞いていたなあ」

 

と眉を八の字にして、

泣き笑いしていた。

 

「でも、まさか本当に

逝っちゃうなんてなぁ･･･」

 

「あんちゃん加減を知らないから」

 

などと言っては、

また泣き笑い。

 

「俺、今日はここに居てもいいかなぁ」

 

「いいよ。

あんちゃんもその方が喜ぶよ。

 

なんだったら寝ちゃってもいいし」

 

それで、

俺は通夜を彼の家で過ごした。

 

「でも、あんちゃんは

あれで良かったんだよなぁ」

 

とGが言った。

 

何故かと問うと、

 

「あんちゃんは、もうこの世で

やることは全部やり終えたから、

 

天に帰ったんだよ」

 

Gは、そうやって

納得しようとしていた。

 

そう俺もそう思えた。

 

否、思いたかっただけかも知れないが、

 

その時は否も応もなく、

その場にいた人達は全員頷いていた。

 

確かにそうだった。

 

誰もが彼の死に、

天命に近いものを感じていた。

 

「すべきことを終えて、

彼は満足に死ねたよね」

 

と、誰ともなく囁いて、

泣いていた。

 

棺の中の顔は安らかで、

少し微笑んでいる様だった。

 

それで気が弛んだのか、

俺は横になった拍子に寝てしまった。

 

そして夢を見た。

 

公衆便所の様な

タイル張りの廊下にいた。

 

廊下の先が何処まで続いているかは

見当がつかない。

 

果てがない廊下だった。

 

僧侶がいた。

 

袈裟を纏って、

 

静々と果てに向けて歩いているその背は、

綺羅の如く輝いている。

 

そして、

丑（うし）に乗った彼がいた。

 

丑は白く大きかった。

 

僧侶は丑を引いて歩いている。

 

彼はそれの背に乗って、

果てに向って歩んでいた。

 

俺は思わず手を合わせた。

 

涙が出た。

 

ああ、やっぱり彼は

天国だか浄土だかにいけるんだな、

 

と思った。

 

ふと、横に気配を感じた。

 

Gがいた。

 

彼も手を合わせて、

頬に涙を伝えていた。

 

その他にも、

 

いつの間に集まったのか、

10人あまりの人々がいた。

 

見知った顔もあれば、

知らぬ顔もある。

 

皆一様に、

首を垂れて合掌していた。

 

みんな心から感動していた。

 

これが生ききった人間の昇天なのだと

思っていた。

 

みんなで彼を見送っていると、

彼がくるりと振り向いた。

 

くしゃくしゃの泣き顔だった。

 

「みんなぁ･･･」

 

と彼が言った、と思う。

 

みんなは微笑んで頷いて、

手を振ったりした。

 

彼は更に顔をぐしゃぐしゃにさせて、

駄々をこねる子供みたいな顔になった。

 

「やだぁ！やだよぉ！怖いよぉ！

 

死にたくない死にたくないよぉ！！

誰か、だれか！！」

 

彼はこちらに身体を向けるや否や、

凄い勢いで追いかけて来た。

 

丑は頭が無い。

 

速い。

 

俺達は逃げた。

 

追いかけてくる彼の顔は、

酷いものだった。

 

「なんで俺だけなんだよぉ、

やだぁいやだぁ！

 

これからだって言うのに！！

 

やだよぉ、何処にいくの！

こわいよぉ！

 

だれか来て、誰か一緒に来てよぉ！

怖いよぉ怖いよぉ」

 

廊下はまっすぐだ。

 

俺達はひたすら走った。

 

「あ」

 

という声が聞こえて、

俺は目が覚めた。

 

傍らにはGがびっしょり汗をかいて、

俺を眺めていた。

 

「今、変な夢見た」

 

「俺もだ」

 

同じ夢を見ていた。

 

Gの兄に追われる夢だった。

 

あんな、子供の狂った様な

彼の顔は初めて見た。

 

凄い厭（いや）な顔だった。

 

俺達は急いで彼の御棺に向った。

 

もしかしたら彼の顔は今、

あの酷い顔に･･･

 

と、途中でGの父に呼び止められた。

 

「おい、Sさんが病院に運ばれた」

 

「Sさん？あんちゃんの同僚の？」

 

「通夜に来てくれるつもりだったらしい。

八王子のあたりで事故ったんだと。

 

居眠り運転だとからしいが、なぁ、

こういう時どうしたらいいんだ？」

 

それは、

俺達には答えられなかった。

 

Gなどは、

 

「Sさんの不健康なよく肥えた身体なら、

死にやしないだろう」

 

と軽口まで叩いて先へ急いだ。

 

俺は、さっきの夢の中で、

Sさんが居たのを知っていた。

 

彼は足が極端に遅い。

 

Gが手振りをするので棺に近寄った。

 

棺の扉が開いて、

彼の顔が覗いた。

 

棺の中の顔は安らかで、

少し微笑んでいる様だったが･･･

 

（終）