黒い傘をさしてゆっくりとこっちに向かって来る

傘をさす

 

これは、もう10年以上前に死んだ祖父に聞いた話。

 

今でも同じだが、祖父の家はド田舎にあり、周囲は田んぼだらけ。

 

それに、隣の家まで100メートル以上は離れているような場所だ。

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この場所ではよく耳にする

霧雨が音も無く降りしきる梅雨のある日、祖父は田んぼに出て作業していた。

 

そして祖父はふと顔を上げると、山本さんの家の方から誰かが歩いて来るのが見えた。(名前は仮名)

 

その人は田んぼの中の畦道を、黒い傘をさしてゆっくりとこっちに向かって来る。

 

距離が縮まるにつれて、それが山本さんちのお父さんだということが分かった。

 

祖父は作業の手を止めて、「山本さん、うちに何か用ですか?」と声をかけた。

 

しかし、山本さんはその呼びかけに全く反応せず、真っ直ぐに前を見て歩き続ける。

 

もう一度声をかけてみるが、やはり反応は無い。

 

不思議に思って見ていると、山本さんはそのままゆっくりと歩みを進め、開けっ放しになっていた祖父の家の裏口から中に入っていった。

 

少し間を置いてから祖父は作業を中断し、家に戻ることにした。

 

裏口の敷居をまたぐと、すぐそこに青ざめた祖母がいた。

 

それを見た祖父は、「山本さんが来ただろ。何か用事でもあったのか?」と祖母に聞くと、「ついさっき電話があって、山本さんのお父さん、亡くなったって・・・」と言った。

 

ド田舎だからかどうかは知らないが、こういった話はこの場所ではよく耳にするという。

 

(終)

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