首吊り自殺をされたお宅への特殊清掃にて
これは、『特殊清掃』の仕事をしていた時の話。
死人の出た部屋や、ペットの死体処理からゴミ屋敷の撤去まで、やる仕事は様々だった。
死人の出た部屋とゴミ屋敷に関しては、依頼人がそこでまた住もうとしたり、中の家具や物を使おうとはしないものだから、家の中を空にする残置物撤去も合わせて受注することがほとんどだった。
「なんか取ったべ?」
私のいた会社は、契約書上はその中にある物の所有権が全て法人に委譲されるので、いざ作業を始めると必ずと言っていいほど出てくるお金や貴金属はお客に返す必要がない。
ただ、社長は処分費用でお金を頂く分、思い出の品やお金は返したいという考えがあった。
なので、営業担当や作業員にもその教えを徹底はしたけれど、実際に現場に出る作業員達は大体見つけた物は自分のポケットに入れるようだった。
私も200万円を見つけたことがあったけれど、欲を理性で押し込めるのは本当に大変なことだった。
ある日、休日に営業担当から電話があり、市内の首吊り自殺があった2階建住宅の特殊清掃と残置物撤去の依頼が入ったと伝えられた。
その時の私は作業員兼事務員として2年程働いていたので、現場責任者として今回の現場に当たってくれとのことだった。
ゴミの量や状況を確認すると、およそ作業員4名と3日あれば出来ると分かり、それを伝えて日取りを決めた。
そこは老人の一人暮らしで、生活費がなくなり身内にお金の無心もし辛かった故の自殺だったらしい。
それを聞いて少し悲しくなったけれど、作業員も気心の知れた40代の先輩や、よく外注を依頼するアルバイトのおじいさんだったので、安心して計画を立てることが出来た。
作業初日に物件内に入ってみると、死臭はあまりなかった。
営業担当が見積もりの時に窓を開けておいてくれていたようだった。
中の家具や生活用品も電話で聞いていた通りで、そのまま2階の自殺死体があった部屋に入った。
他の部屋に比べるとやはり死臭はあったけれど、それでも我慢出来ない臭いではなかった。
床を見ると、ドアの内側のすぐ下には黒とも茶色とも言えないシミが出来ており、ドアの上辺には紐の擦れた跡があった。
ドアのノブはひん曲がっていて、どうやって自殺したのかが容易に想像できて物悲しかった。
他の作業員も部屋に入って来るや、「首吊りしたな」だとか言っていたけれど、手馴れた様子で使う洗剤を選び始めていた。
2日目は特に問題なく進み、先輩が件のシミを薬品で落としたり消臭作業をしている間に、他の作業員と残置物を運び出してはトラックに積めていった。
3日目の午前中にはほとんどの作業が終わっていた。
庭の広い家だったことと塀に囲まれていたこともあって、お昼はそこで食べようということになり、先輩ともう一人が普通車でコンビニへ買い出しに向かった。
私は外注のおじいさんと二人でのんびりお茶を飲みながら話していると、10分後くらいに突然おじいさんの顔色がだんだんと悪くなり始めた。
顔面蒼白で脂汗を流し始めたあたりで背中を擦ってあげたけれど、そのまま吐いてしまい、「ぐうう」と唸り始めた。
「病院に行きますか?」と声をかけても返事が無く、とにかく唸り続けていた。
私は救急車を呼ぼうと携帯を取り出した時、おじいさんが再び「げえ、げえ」とえずき始めた。
少しパニックになったけれど、背中をトントン叩きながら「吐いた方がいいですよ」と声をかけていたら、おじいさんの口が目につき、私は手を止めてしまった。
口からは何かが出かかっているようで、浅黒い物が見え隠れしていた。
おじいさんがえずく度に少しずつそれが出てきて、何回か繰り返していくうちにそれが何か分かった。
それは『ロープ』だった。
全て出し切る頃には、私は傍で立ってロープを眺めていることしか出来なかった。
50センチはあるロープで、先端がボソボソになっていて途中で千切れているようだった。
どうなったらお腹の中にそんな物が入るのか、私には訳が分からなかった。
「大丈夫ですか?」と声をかけても、おじいさんは「知らない知らない」と脂汗を垂らしながら俯いていた。
その直後、買い出しの二人が戻って来たので慌てて先輩を呼びに行くと、走って様子を見に行ってくれた。
後から付いて行くと先輩は吐き出されたロープを眺めており、少し黙ってからおじいさんの方を向いて言った。
「なんか取ったべ?」
おじいさんはギョッとしたような顔をしたけれど、返事はしなかった。
先輩は私に「おじいさんのポッケを探れ」と指示して、先輩はおじいさんの鞄を漁っていた。
少し手で追いやられたけれど負けじと探っていたら、胸ポケットに何か固い物が入っていた。
出してみると、今は使われていない聖徳太子の1万円札が数枚と、指輪やネックレスが入っていた。
そして、先輩がおじいさんの胸倉を掴みながら「窃盗だぞ、お前!」と言うと、「お前はもう帰れ!二度と来るな!」と言っては鞄と一緒に押しやった。
おじいさんは青い顔のまま歩いていき、堀の向こうに見えなくなった。
作業が終了して事務所に戻ると、先輩が社長におじいさんの胸ポケットから出てきた物を渡して事情を説明していた。
ロープの件は説明していなかった様子だったので、私も言わないでおこうと決めた。
社長はすぐお客に電話をかけて、あった物を伝えて届けに出かけた。
それから今回のことを色々想像したけれど、私は200万円を盗まなくて本当に良かったと改めて思った。
(終)