初登山で同い年の少年と交換した帽子
これは、知人の井上さんから聞いた話。
井上さんの父親は、若い頃から山好きだった。
父親の写真のほとんどは山で撮ったもので、全身で喜んでいるのが一目でわかるような笑顔で溢れているそうだ。
そして、写真の父親はいつも同じ帽子を被っている。
それは父親が高校生の夏、初登山の際に知り合った同じ年の少年が、たまたま同じ物を被っていたので記念に交換した思い出の品だった。
しばらくは手紙のやり取りもあったが、互いに忙しくなり途絶えてしまったという。
井上さんが高校に入ってすぐ、父親が亡くなった。
遺影に使われたのは山で撮った素晴らしい笑顔の写真で、やはり帽子を被っていた。
帽子は棺に納められた。
形見として残したかったが、これからは思う存分に登山を楽しんで欲しいという思いを優先したのだそうだ。
火葬場に到着すると、すでに別の集団が待機し、自分たちと変わらぬ年齢の母子の泣く姿が見えた。
なにげなく遺影に目を向けた井上さんは固まった。
遺影には、父親と同じ帽子を被って微笑む男性が写っていたそうだ。
ありふれた帽子なので別人でも何らおかしくはないが、「20年以上の歳月を経て再会した二人が、一緒に登山をしているような気がしてならない」と井上さんは笑った。
そんな話を聞いた私も、こんな偶然があってもいいんじゃないかと思えた。
(終)