洞窟探検中に起きた事故と幻聴
叔父の話。
母の弟である叔父は
ケイビングが趣味で、
社会人になってからも
大学時代の仲間とよく
山に行ってたらしい。
※ケイビング
洞窟探検のこと。
未踏の鍾乳洞を発見したことも、
何回かあったそうだ。
その日も叔父は
井脇という仲間と二人で、
すでに何度か足を運んだ洞窟に
朝から篭っていた。
昼過ぎに帰り支度をして
洞窟を出ると、
井脇が少し山を歩こうと言う。
散策をしていたら、
山中で洞口らしきものを
発見した。
さっきの洞窟と中で繋がって
いるかも知れない、
と井脇は言ったが、
叔父は再び洞窟に入るのを
嫌がった。
未発見の洞窟に入るには
準備が万全じゃないし、
二人では心もとないと
主張したが、
井脇が「じゃあ俺一人でも入る」
と言うので、
渋々付いて行ったという。
立って進めはしたが
洞窟は狭く、
叔父の勘では、
いずれ行き止まりになる
ような感じだった。
ところが、
前を行く井脇が「何かいた!」
と言って、
足を早め出した。
先に進むと、
少し広い空間があって、
その下に縦穴が続いていた。
躊躇する叔父に対して、
異様な興奮を見せる井脇が
ずんずん降りていく。
叔父もようやく縦穴を攻略して、
再び横穴に出た。
すぐのところに
また縦穴があり、
井脇がそこでどう降りるか
思案中だったという、その時!
・・・その井脇の上に
何の前触れもなく、
低めの天井から岩が
崩れ落ちてきて、
ライトの明かりと共に
全てを押し潰した。
叔父はとっさに身を引いて、
さらに崩落しようとしていた
その横穴から元来た縦穴へと移り、
ひたすら逃げたという。
叔父をさらに恐怖の底へ
叩き込んだのは、
ヘッドライトが落石を受けて
割れてしまったことだった。
予備のハンドライトも、
井脇が腰に付けていた
ものだけだった。
だから言ったのに・・・
だから言ったのに・・・
と頭の中で繰り返しながら、
光の差さない暗闇の中を
手探りで進んだそうだ。
早く光の下に出たくて
心は急くのに、
進む速度は来た時の
倍以上も遅い。
さらに、
「この縦穴、来た時は
こんな形状だったか?」
という不気味な想像が沸いて、
心臓がバクバクいっていた。
やがて横穴に出て、
後は歩いて進める・・・
と少しほっとした時、
後ろから微かな足音と共に、
こんな声が聞こえて来たという。
「おい、おい・・・」
井脇の声だった。
「おい・・・待ってくれ、
体中が痛いんだ。
骨が折れたかも知れない」
井脇のその声を聞いて、
叔父は足を早めた。
後ろを一瞬振り返ったが、
当然暗くて何も見えなかった。
幻聴かと思ったそうだ。
さもなければ、
もっと嫌なものだと
思ったという。
手探りで進む叔父の後ろを、
ズルズルという、微かに
足を引きずるような音と、
凍えるような息遣いが
追いかけて来た。
「しっかりしろ!
早く外に出て
助けを呼ぶんだ!」
と自分に言い聞かせながら、
叔父は追いかけて来る
井脇の声を無視し続けた。
「待ってくれ・・・
足が・・・足が・・・」
すぐ後ろのような・・・
遠いような・・・
距離感の掴めない音で
声は付いて来た。
普通はこういう状況だと、
幻聴だと思い込むより、
まず助けに行くことが
ケイビングをする者の・・・
というか人の鉄則だろう。
僕も初めてこの話を
聞いた時は、憤った。
しかし、叔父は
見たというのである。
あの岩が崩れ落ちてきた瞬間、
消える直前のライトに一瞬だけ
照らされた井脇の姿を。
それは確かに、
腹部が生存不可能なほど
潰される瞬間・・・
を見たというのである。
だからこの後ろから
付いて来る声は、
幻聴なのだと。
叔父はその声に、
「付いて来るな!」
と何度も言おうとして
止めたらしい。
言うと、
その声を認めてしまう
気がして。
叔父は暗闇の中を、
ひたすら手探りで
出口を目指した。
ズルズルという
音と息遣い、
それと、叔父の名前を
呼ぶ声は、
それでも離れず
付いて来た。
完全な暗闇の閉鎖空間では、
自分の頭の中の創造と現実の
出来事とが比較しにくく、
しばしば幻覚のような症状が
現れるという。
あれは幻聴だ・・・
あれは幻聴だ・・・
という自分の言葉も、
本当に声として出ているような、
何とも言えない感覚があった。
だから、後ろから付いて
来ているモノにも、
それを聞かれているような・・・
息が詰まる戦いの末、
叔父はようやく洞口に
辿り着いた。
光の中に出て、
叔父は洞窟の中を
振り返ったという。
一瞬、闇の中に、
誰か人の顔のようなものが
見えた気がしたが、
それは間違いなく
自分の脳が生んだ幻だろう、
と叔父は言っていた。
それから数時間後、
井脇は崩落のあった場所で
死んでいるのを発見された。
即死という見立てだった。
それからケイビングを
一度もしていないし、
これからも「もうやらないだろう」
と叔父は言う。
(終)