河童井戸 2/4
K「おい、ちょっとお前ら、手を貸せ。
この蓋あけっからよ」
僕とSは嫌々だったが、
力を合わせて三人で蓋を開ける。
すんごい重い。
蓋をずらした瞬間、
冷蔵庫を開けた時の様な
冷たい空気が頬を撫でた。
暗くて深い穴が、
その口をぽっかりと開ける。
地面に垂直に掘られたろう。
覗きこむと、首筋辺りに
毛虫が這う感覚を覚えた。
K「わっ!」
穴に向かって突然叫んだのはKだ。
その声は井戸の内壁に反射して、
幾重にも重なって戻って来る。
次にKは地面に落ちてあった
石を投げ入れた。
・・・かつっ、
僅かな音。
それは、この井戸に
水が無いことを示していた。
S「枯れてるな」
とSが言った。
僕ら三人は、それから無言のまま
視線を交わし合う。
Kが背に背負っていたリュックから
懐中電灯を取り出した。
井戸の中を照らす。
ライトの光は井戸の底を
照らしはしなかった。
光が弱いのか。
しかし、相当深くは掘ってあるらしい。
もちろんここに眠るとされる河童の姿など、
影も形も見えない。
K「なーんも見えねー」
S「少なく見ても、
三十メートルはありそうだな。
浅井戸かと思ってたが、
そうじゃないのかもな」
そう言って、
Sはまた石を投げ込もうと思ったのか、
地面の石を拾った。
それから、ふと何かに気が付いた様に
手にした石を見やり、
結局投げ入れずにKの方を向いた。
S「で?これからどうすんだ」
Kは「おう」と元気よく
返事をしてから、
K「決まってんじゃん。
話によるとだな、
この井戸に水が湧くのは新月の夜、
月が出てからだからー
それまで待とうぜ」
ようするに、待機。
Kの言葉は予想出来ていたもの
ではあったが、
僕は「うーん」と唸って、
辺りを見回した。
廃村。
ここで暗くなるのを待つと言うのは、
中々ホラーチックで楽しそうではある。
もし一人きりなら、
断固として遠慮したいところだ。
それからとりあえず、
僕らは一旦車の方に戻ることにする。
確認すると時刻は四時半だった。
Kが首尾よくトランプなど
持って来ていたので、
極力草の生えていない処を選んで、
フロントガラスにひっ付ける
カーサンシェードを敷き物代わりにして、
ポーカーをやった。
結果はKがダントツでトップ。
次にインディアンポーカーをやってみた。
結果はSがダントツでトップ。
結局、ポーカーでは
僕は一つも勝てなかった。
S「ところで、あの井戸に
ついてなんだが・・・」
それは、ポーカーは止めて
三人で大富豪をしていた時のことだ。
Sが口を開いた。
それは何気ない、
まるで独り言の様な口調だった。
S「河童云々の部分は・・・、
一体どういう話なんだ?」
自分の番でカードを捨ててから、
Kが「あ?俺に聞いてんの?」
と問い返す。
「お前しか知らないだろ」とS。
「あー。そだな」とKは語りだす。
K「昔、この村に住んでた一組の夫婦が、
そこの川で河童を見つけたそうだ。
そんで、夫の方が後ろから棒でぶん殴って、
ふんじばって村まで持って帰った」
(ふんじばって=荒々しく縛る)
僕「河童を?何で?」
僕の疑問に、
Kは「うはは」と笑った。
K「喰うためだとよ」
僕「マジでか」
K「河童の肉には、不老不死の力が
あると信じられてたからな。
ま、それとも単に、
腹が減ってたからなのかは
知らねえけどよ。
そんで、いざ食おうとした時に、
河童が気がついて逃げ出したんだ。
当然追いかける。
河童は逃げる。
で、逃げこんだ先が
井戸だった、と」
僕「あれま残念」
K「それから、村人は
井戸に蓋をするんだけどよ、
河童は三日三晩、
井戸の中で叫び続けたそうだ。
で、四日目の新月の夜。
叫び声は止んだ。
河童はお陀仏しちまった
ってわけだ」
井戸は地下水脈に
直接繋がっているわけではない。
いくら泳ぎが達者な河童でも、
出口が無ければ
どうしようも無かっただろう。
K「井戸が枯れたのは、
その後のことだそうだぜ。
水が無くなっちまったんだ。
でも不思議なことに、
新月の時だけは水が湧くんだとよ。
河童水だな。
・・・これ、隣の村に住む
爺さん情報らしいぜ。
又聞きだけどな。
ほい、革命!」
僕「革命返し」
K「ぎゃー」
そんなこんなで、
僕らはトランプをしたり、
雑談したり、
寄って来る虫を追い払ったりして、
時間を潰していった。
そうして気がつくと、
辺りは薄暗くなり始めていた。
こうなると後は早い。
数分後にはもうトランプの絵も
はっきりとは分からない程、
周囲に夜が浸透していた。
夜の山は暗い。
何も見えない。
虫、鳥の鳴き声。
ガサガサと木の葉がすれている。
空に月は無い。
ぽっと灯がともる。
Kがバッグからキャンプ用の
ガスランタンを取り出して、
明かりを点けたのだ。
K「行こうぜ」
僕もSも自分用の懐中電灯を持って、
村の井戸に向かう。
三人とも無言だった。
何となく、陽が射している時とは
雰囲気が違う。
暗い。
とにかく暗い。
こんなに変わるものなのかと、
僕は恐怖に近い違和感を覚える。
ライトの光が照らす。
井戸。
蓋は開いている。
僕は辺りを見回す。
まるで井戸の中の暗闇が、
そのまま吹きだして
辺りを包んだ様に暗い。
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