河童井戸 1/4

その日、僕は友人Sの

運転する車に乗って、

 

県境の山奥にあるという

廃村に向かっていた。

 

メンバーは三人で、

いつも通り。

 

運転手がSで助手席に僕。

 

もう一人、後部座席を

占領しているのがKだ。

 

僕らが街を出たのは

午前十時頃で、

 

途中で昼食休憩を挟み

今は二時過ぎ。

 

目的の廃村までは、

後一時間といったところだった。

 

車は現在、

 

川沿いのなだらかな上り坂を、

ゆったりとしたペースで上っている。

 

僕は開いていた地図に

再び目を落とす。

 

これから行く廃村は

もはや地図に載っておらず、

 

赤ペンでぐりぐりと

印が付けられている場所が、

 

僕らの目的地だ。

 

等高線の感覚がかなり狭い。

 

それだけ辺鄙な場所にある

ということだ。

 

ふと、後部座席の方から

軽いいびきが聞こえる。

 

S「・・・毎度毎度思うんだが、

どうしてこいつは人を足代わりに

使っときながら、

後ろで一人悠々と寝てられんだ?」

 

一度バックミラーを覗き込み、

 

不快と言うよりはもはや

呆れた口調でSが言う。

 

今日の、この日帰り廃村ツアーを

企画立案したのはKである。

 

K『この廃村にはな、

不思議な井戸があるらしいんだとよ』

 

昨日大学の学食にて、

 

目を少年の様に輝かせ僕とSに語るKは、

生粋のオカルトマニアである。

 

僕とSはこれまでにもう何度も、

 

Kの導きによってそういうスポットに

足を踏み入れてきた。

 

もちろんハズレも多かったが、

たまにアタリもあった。

 

「Kは車酔いしやすいからね。

車ん中で吐かれるよりはマシじゃない?」

 

S「・・・おいおいKのやつ、

ヨダレ垂れてんぞ」

 

Kの話によると、

その廃村には普段は枯れているが、

 

新月の夜にだけ水を満たす

井戸があるらしい。

 

何でも、その井戸の底には

河童の死骸が眠っているとされ、

 

井戸の水を飲むことが出来れば、

その人の寿命が五十年は伸びるそうだ。

 

「河童が眠る井戸かあ・・・」

 

僕がぽつりと呟くと、

 

Sがそれに被せる様に

あくびを一つした。

 

「そう言えば。河童の肉って、

食べたら不死になれるんだっけ?」 

 

S「・・・ん?ああ。人魚の肉と

混同してるのかは知らんが、

そういう言い伝えもあるにはある。

 

河童にはまだ色々と

言われはあるんだがな。

 

広く分布した物の怪だから、

その分、話のバリエーションも豊富だ」

 

「ふーん」

 

Sの話の後半部分は聞き流して、

 

その井戸の水には河童のダシが

染み込んでいるのかしらん、等と、

 

僕は窓の外に目を向けながら考える。

 

今回はアタリかハズレか。

 

何にしても、

せっかく行くのだから、

 

面白そうな土産話くらい

持って帰りたいものだ。

 

ちなみに、今日の夜は月が見えない。

 

「Sさー。もしその井戸に

水があったとして、飲む?」

 

S「飲まん。寿命の件は置いといてだ。

そもそも管理の行き届いてない井戸水なんぞ、

中に何が溶け込んでいるか

分かったもんじゃないからな」

 

「だよねー」

 

僕もSもその気は無い。

 

但し一人だけ、

 

今後ろで寝ているKだけは、

飲む気満々らしかった。

 

何せ、お気に入りのコーヒーカップと

スティックシュガーとインスタントコーヒーまで

持参して来ているのだからこの男は。

 

S「ってヨダレがシートに落ちてんぞ。

おいこらK!」

 

Sがバックミラーを見て怒鳴る。

 

それでも当の本人は、

シートにもたれて気持ちよさげに眠るばかり。

 

きっとオカルティストが喜ぶ夢でも

見ているのだろう。

 

車を停めたSがKを叩き起こし、

それから一時間と半。

 

道は進むにつれ細く荒れてゆき、

心配症の僕は少々不安になり、

 

手持ちのこの地図は

本当に合っているのかと疑い始めた頃、

 

何だか地蔵が沢山並ぶ

小さなお堂を通り越して、

 

僕らはようやく、

目的の廃村に到着した。

 

K「おー、ここだよ。ここ!」

 

車から降りたKが大声を上げる。

 

廃村と言っても、その村はまだ

村としての形を残していた。

 

山の斜面にへばりつく様にして、

 

いくつかの廃屋が左右にも上下にも

立ち並んでいる。

 

と言っても

木造の家自体は朽ちかけて、

 

蹴り倒せるかと思う程、

ボロボロなものばかりだ。

 

辺りには膝より高い草が

ぼうぼうに生えていて、

 

何処が道だったのかも、

よくよく見ないと分からない。

 

村の下方には小さな川が流れていて、

その向こうはまた山。

 

生い茂った緑の壁と言った方が

しっくりくるかな。

 

K「おーい。お前らこっち、

こっちだっつーの!」

 

とKの声がする。

 

停めた車の傍で辺りをぼんやりと

見回していた僕は、

 

ふっと我に帰り、

Kの方へと向かった。

 

一番最後に車から出たSも、

僕の後から付いて来る。

 

村の端、

 

もうほとんど森の中といった

少しのスペースにKは立っていた。

 

K「河童井戸だ」

 

Kが指差して言う。

 

Kが井戸というそれは、

 

石造りで、一辺が七十センチ程の

正方形の形をしていた。

 

上に石の蓋がしてある。

屋根もつるべもない。

 

井戸と聞いて、もう少し

堂々としたものを想像していた僕は、

 

正直がっかりしていた。

 

けれども、昔の村の井戸などというのは、

大概こんなものなのかもしれない。

 

(続く)河童井戸 2/4へ

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