昼に会った老人は既に死んでいた

つい先月、実際に体験した話。
俺は仕事で福祉用具の集金をしている。
ある日、いつも通っている一軒の家に向かった。
そこには50歳くらいの夫婦が住んでいて、別の場所に住む、脚の悪いお爺さんの面倒を見ていた。
お爺さんは80歳を過ぎたくらいで、人当たりのいい穏やかな人だったのを覚えている。
担当者会議で、2〜3回ほど顔を合わせたことがあった。
お爺さんが使っている車椅子はレンタル品で、毎月決まった日に、その夫婦の家に集金に行くことになっている。
その日も、いつも通り訪問した。
午前11時、真夏のように暑い日だった。
インターホンを鳴らす。
……反応がない。
もう一度鳴らしても出てこない。
留守かと思い、帰ろうとした、その時。
ガチャッ、と玄関の扉が開いた。
出てきたのは、お爺さんだった。
「あれ?」と思った。
この人は、別の家に住んでいるはずだ。
しかも、普通に歩いている。
一瞬戸惑ったが、「少し回復したのかな」と勝手に納得して、声をかけた。
「脚、良くなられたんですね。よかった。これからもお大事にしてくださいね」
そう言って、集金の用件を伝える。
けれど、お爺さんは何も答えなかった。
ただ、こちらを見て、にこっと笑っているだけだった。
違和感はあった。
この人は認知症ではなかったはずだし、こんな反応をする人でもない。
だが、話が進まない以上どうしようもない。
夕方、夫婦が帰ってくる時間に出直すことにした。
その日の夕方6時半頃、もう一度その家を訪ねると、夫婦は在宅していた。
ただ、2人とも喪服を着ていた。
嫌な予感がした。
奥さんは俺の顔を見るなり、こう言った。
「今までありがとうね。お爺ちゃん、亡くなっちゃったから……今月で車椅子は引き取ってください」
一瞬、意味が分からなかった。
「え……? いや、俺、今日の昼にここでお会いしましたけど……」
思わずそう言うと、奥さんは少しだけ目を細めて、こう続けた。
「あの車椅子、本当に使いやすかったみたいでね。あなたのこと、ずっと感謝してたのよ」
……そういうことか。
昼間に会った“アレ”は。
全く普通の人にしか見えなかった。
声を出さなかったこと以外は、何もおかしくなかった。
爺さん、成仏してくれよ。
……と、その時は思った。
それで終わりなら、まだよかったんだけど。
その車椅子、今は会社の倉庫に保管してある。
ただ……たまに、誰も出していないはずなのに、店頭に並んでいることがある。
決まって、同じ場所に。
スタッフ全員に確認しても、誰も動かしていないと言う。
あの爺さん、まだ使うつもりなのかもしれない。
(終)
AIによる概要
この話が伝えているのは、「人は亡くなっても、すぐに完全に消えてしまうわけではないのかもしれない」という感覚です。
お爺さんは生前、車椅子を大切に使い、それを用意してくれた人に感謝していました。その強い思いや未練のようなものが、死後もわずかに残り、普段通りの姿で現れたり、使っていた車椅子に何かしらの形で表れているように描かれています。つまり、単に「幽霊を見た」という怖い話ではなく、人の気持ちや習慣、愛着といったものが、死後もどこかに留まり続ける可能性を示唆しているのです。
同時にこの話は、そうした存在が必ずしも恐ろしいものではなく、生前と変わらない穏やかさや優しさを持ったまま現れることもある、という印象も与えています。しかし、その一方で、誰にも動かされていないはずの車椅子が勝手に店頭に並ぶという現象によって、「まだそこにいるのではないか」という不気味さも残ります。
つまりこの話は、「人の思いは簡単には消えないのかもしれない」という余韻と、「見えないものが今も身近に存在しているかもしれない」という静かな恐怖を、同時に感じさせるものだと言えます。

































