部屋の覗き穴から目撃したもの
大学生の男は、
古いアパートで
一人暮らしをしていた。
男の部屋の壁には
小さな穴が開いており、
そこから隣の部屋の様子が
覗き見ることが出来た。
隣の入居者は、
若い女性。
女性は覗き穴の存在に
気付いていないらしく、
男はこれ幸いとばかりに、
覗き行為を続けていた。
そして、
ある日の事。
夜中の3時をまわった頃、
男はドスドスという物音で
目を覚ました。
何事かと思えば、
隣の部屋から聞こえてくる
物音だった。
もしかして男でも連れ込んだか?
と思い、喜び勇んで
覗き穴を覗く。
隣の部屋も電気を消しており、
詳しい様子を伺い知る事は
出来なかったが、
人影が二体あることは
確認出来た。
これは間違いない、
と男は興奮したが、
すぐに様子がおかしいことに
気付いた。
男と思われる
大きな人影が動くばかりで、
女性の方は全く
身動きしていないのだ。
暗がりに目が慣れてくると、
男が女性を殴りつけている
ということが分かった。
女性は猿ぐつわを
噛まされているらしく、
微かに「うっ」という
声を漏らすだけで、
悲鳴をあげられなかった。
終には、呻き声も
聞こえなくなった。
すると、男の人影は
隣の部屋から出て行った。
強盗だ!
男は警察に通報しようと思い、
電話の受話器に手を掛けた
ところで動きを止めた。
もし通報すれば、
自分が覗きをしていたことが
ばれてしまう。
自分の保身のために、
男は通報を思い留まった。
一週間としないうちに、
アパートに警察が押しかけて来た。
やはり、隣の女性は
殺されていたらしい。
当然、警察は覗き穴の存在を発見し、
何か見なかったかと男に聞いた。
男は、
「壁の穴なんて気付かなかった。
その日も何があったか
気付かなかった」
と言った。
他にもいくつか質問されたが、
警察は男のことを疑っている
様子は無かった。
殺人の瞬間を目撃したことは
忘れられなかったが、
通報しなかった事への罪悪感は、
すぐに薄れていった。
事件から二週間経っても、
犯人は依然として捕まらなかった。
そして、
ある日の事。
夜中の3時をまわった頃、
男は再びドスドスという物音で
目を覚ました。
しかし、
隣の部屋は事件以降、
新たな入居者は入っていない
はずだった。
それでも、その物音は間違いなく
隣の部屋から聞こえてくる。
恐る恐る、
覗き穴を覗いて見たが、
動くモノの気配は無い。
気のせいかと思い、
穴から離れようとした瞬間!
狭い穴の視界を
埋め尽くすように、
カッと見開かれた
血走った目が現れた。
男はがっちりと
目を合わせたまま、
驚きのあまり、
身動きが取れなかった。
そして、
掠れた女の声で一言、
「君、見てたでしょ」
(終)