誰も居ないはずの部屋から聞こえる泣き声
これは、とある安アパートに一人暮らしをしていた時の話。※特定を避けるため一部改変あり
もう10年以上前になる。
俺の左隣の部屋は空き部屋だった。
かなりボロいアパートで家賃は安かったが、積極的に住みたいようなところではなかったので、空き部屋があっても特に何も思わなかった。
また当時は仕事が忙しくて帰宅は深夜が多く、アパートの住人とは引っ越しの時に挨拶したぐらいで、どんな人が住んでいるのかもよく知らなかった。
結末は最悪に
8月も終わりに差し掛かったぐらいに仕事がちょっと落ち着き、まだ辺りが明るいうちに帰宅することができた。
久しぶりにこんな早い時間に帰宅できたからと、ビール片手に何もしない時間を楽しんでいた。
すると、誰も居ないはずの左隣の部屋から「コトコト」と音が聞こえてきた。
てっきり誰か越して来たのか?と思ったが、その音が止んだと思えば今度は猫の鳴き声のようなものが聞こえてくる。
大家さんに黙って猫でも飼っているのかと思ったが、こんなボロアパートだし別にいいかと放置した。
そして0時を過ぎて「もう寝よう」と思って部屋の電気を消すと、また猫の声が聞こえてきた。
ずっと「ナァナァ」と発情期のような鳴き声が聞こえ、さすがに少しイラッとした。
だが、よくよく聞いてみると、なんだか猫の鳴き声ではない気がしてきた。
頭に浮かんだのは、『赤ん坊の泣き声』だ。
生まれてすぐぐらいの赤ん坊が過呼吸を起こしながら泣いている、そんな感じだった。
ただ、この時はそこそこに酔っ払っていたので、子連れでも越して来たのか?と自己完結して寝てしまった。
翌日、そんなことがあったのもすっかり忘れて仕事に行き、また2日後に定時で帰宅することができた。
その日も酒を飲みながらダラダラしていると、またあの猫とも赤ん坊ともつかない声が聞こえてきた。
それも、前よりもずっとハッキリと。
次第に、もう赤ん坊の泣き声としか聞こえなかった。
赤ん坊だから仕方ないとは思うものの、俺にとっては赤ん坊の泣き声というのは癇に障るというか落ち着かなくなる。
あまり長く続くようなら少し文句でも言おうと思っていたが、酒の力でそんなことも忘れて寝てしまった。
翌日、右隣の住人の大学生と出くわした。
「昨日の泣き声うるさかったですね」と挨拶ついでに言うと、「ん?」という感じをされた。
俺は続けて「○○○号室の赤ん坊ですよ」と言うと、「あそこ誰も住んでませんよ?」と言われ、お互い困惑しながらそのまま別れた。
その日も定時で帰宅できたが、確かに左隣の部屋は明かりも点いていないし、人が居る感じもしなかった。
ただ、やっぱり泣き声が気になるし、もしかすると鍵を破って住み着いた浮浪者などが居るかもしれないと思い、とりあえず大家さんに連絡した。
大家さんは近くに住んでいるのですぐに来てくれて、部屋の鍵を開けようとした。
・・・が、すでに鍵が開いていた。
これは本当に浮浪者が住み着いているのかも?となり、傘を武器に大家さんと部屋に入った。
すると、部屋の中から何かが腐ったような臭いがして、ハエなどの虫が飛び交っていた。
すでに日が傾いて薄暗くなっている部屋。
その部屋の真ん中に落ちている何かにハエがたかっているようだった。
最初はそれが何か分からなかった。
動物の死体か?と思ったが、近づいてよく見ると、それは半分ミイラ化した人間の赤ん坊だった。
すぐに警察を呼んだのは言うまでもない。
警察によれば、生後すぐに捨てられたというよりも、周囲の状況からして、「ここで産んでそのまま捨てたようだ」とのことだった。
ただ、遺体の状態から既に1ヶ月近くは経っていたそうなので、前の晩に泣き声を聞くことは有り得ない、と。
ならば、俺が聞いたあの泣き声は一体何だったのか?
結局、赤ん坊の親は分からず、今も不明なままになっている。
そんなことがあり、そのボロアパートからはすぐに退去したが、夏が来ると毎年思い出して気分が落ち込む。
「もしかしたら助けられたのかもしれない」と思うと、なんだかもうしんどい・・・。
(終)