ここの山奥には昔から猫泥棒がいるんだよ
これは、猫にまつわる友人の体験話。
彼は幼年期を山中の実家で過ごしたが、その集落はやたらと猫が多かったらしい。
ある時、見慣れた猫の姿が次々と消えたことがあった。
彼の猫もいなくなってしまい、泣きながら暗くなるまで探した記憶があるそうだ。
結局は見つからずに落ち込む彼を、祖母がこう言って慰めた。
「ここの山奥にはずっと昔から“猫泥棒”ってのがいるんだよ。時たま里から猫をかっぱらうけど、大抵ひと月もすればちゃんと里に帰すから。だから、もうちょっと待ってみてごらん」
祖母の言った通り、しばらくして猫は家に帰ってきた。
彼はとても喜んだのだが、同時にちょっと違和感を覚えたという。
猫がまるで、外見はそのままで中身だけが変わったかのような。
獣に似つかわしくない、理知的な雰囲気を醸し出すようになっていた。
そう彼は言う。
「いや、うちの猫、本当に賢くなっていたんだ。帰って来てからのあいつ、時々人の言葉を喋ってたんだぜ」
彼が遊具を持って猫の所へ行くと、「あとでね」と何度か言われたのだそうだ。
また庭で転げたりすると、「あぶない!」と声をかけられた。
縁側で誰かが鼻歌を歌っているなと目を向けると、そこには猫の背中があるだけだったりもした。
朝寝坊をして布団の中でグズっていると、枕元にやってきて寝惚け眼をのぞき込み、「うふふ」と笑って頬に猫パンチしてきたこともあった。
そんな真似をするのは彼の前だけだったようで、家族は誰も彼の言うことを信じてくれなかった。
でもただ一人、祖母だけが「猫泥棒に盗られていたのだから、そういうこともあるかもしれないねぇ」と頷いてくれたそうだ。
「子供の仲間内じゃ、うちのニャンコもそうだ!ってヤツが何人かいたんだ。まぁ自分でも他人にそう聞かされたら、まず信じないだろうなぁとは思うけど。
猫?それから少し経ったら喋ることもなくなって普通に戻っちまったよ。ほっとしたけど、ちょっと残念だったなぁ」
彼は今でもちょくちょく里帰りをしている。
近所の猫がしばらく姿を消していたという噂を聞く度に、猫泥棒は今も健在なのかな、そう考えてしまうそうだ。
(終)