受水槽の中に棲んでいる水のトカゲ
これは、友人と私の話。
団体の事業でタイの山奥に行った時のこと。
事前調査の一環で、現地の村にある受水槽を調べることになった。
それは村人が自分達で造った背の高いコンクリート製の水槽で、雨水を溜めているものだ。
蓋の部分が二重になっていて、内側の蓋がひび割れているという話だった。
トカゲに化かされた!?
友人が重い蓋を持ち上げようと手を差し込むと、何やらザラッとした感触がある。
蓋を除けてみると、『1メートル近い大きなトカゲ』が内蓋の上に蹲(つくば)っていたという。
感情のない目で彼を見上げてくる。
慌てて蓋を戻し、恐る恐るもう一度ゆっくりと上げて確認してみた。
そこには何も生き物の姿はなかったそうだ。
あれだけの大きい生き物が身を隠せる場所など何処にもなく、何度も首を傾げた。
「アレは水のトカゲ。あそこの主だよ。いきなり蓋を開けずに、まず一言声を掛けておけば決して姿を見せないのに」
村人達にそんなことを言われ、笑われたそうだ。
話を聞かされ苦笑する私に、友人は仏頂面で伝えてきた。
「明日は君が水槽を確認してくれよ。僕は爬虫類がダメなんだ」
次の日、写真を撮るために私が水槽に上ることになった。
前日の騒動を思い出し、何も声を掛けずに外蓋を持ち上げてみる。
いた。
緑色というか青色というか、とにかく大きいトカゲがそこにいた。
泰然自若とした風で、こちらには何の興味も抱いていない様子。
※泰然自若(たいぜんじじゃく)
落ち着いていて、慌てふためいていない様子。
ふと悪戯心を出し、蓋を静かに戻してから声を掛けた。
「今から写真を撮りますので、すいませんが退いて下さい」
そして間を置かずに、蓋を取り去ってみる。
大トカゲは何処にもいなかった。
村人の言を本気にしていなかった私は大層驚き、続けて何度も蓋を上げ下げしてみた。
しかしその後、あのトカゲは私の前に二度と姿を現さなかった。
化かされるっていうのはこんな感じなのかな、と今でも不思議に思っている。
(終)