深夜の工場を歩き回る白い影
これは、職場で怪奇現象のような体験をした話。
俺は某機械メーカーの工場に勤務しているのだが、その工場には「幽霊が出る」という噂が深夜に見回りを行う警備員の間で囁かれている。
その噂の中に、『深夜のA工場の廊下を白い影だけの存在が歩き回っている』というものがある。
A工場には隣にもう一棟大きな工場が建ってあり、工場同士を繋ぐように通路が繋がっている。
そしてその通路の自動扉は故障しているらしく、周りに人がいないのに勝手に開閉を繰り返していた。
ある夜のこと、俺は仕事が遅くなり、一人残って機械のメンテナンスをしていた。
メンテナンスをしていた機械は定期的に水を入れる必要があったので、バケツに水を入れ、台車に乗せて運んでいた。
しかし、ちょうど件の壊れた自動扉を通過した少し先で、通路に置かれていた荷物と台車をぶつけてしまい、水を少しこぼしてしまった。
通路を汚したままにすると、翌日に何を言われるか・・・。
俺は機械のメンテナンスを終えた後に、水を拭き取るウエスを持って自動扉の前に戻って来た。
ただ、扉の前に来た時に違和感を感じた。
バケツの水がこぼれてできた水溜まりに、自動扉の方向に向かって”足跡”が付いていたのだ。
A工場では安全のため、作業員は作業用安全靴を履くことを義務付けられているのだが、その足跡は安全靴の裏にある滑り止めのギザギザした模様がなく、スリッパのような、まるで平たい面で付けられた跡だった。
加えて、工場に残っているのは俺一人で、他の社員は全員帰宅していることを確認している。
工場内も作業場以外に灯りが点いていることはなく、警備員が見回りに来るような時間でもない。
隣の工場も先程、バケツに水を汲んだ際に俺自身が施錠し、その鍵は俺のポケットの中にある。
泥棒かと思い、ビクビクしながら隣の工場の様子を確認しに向かったが、扉には鍵がかかっており、中に誰かがいる様子もない。
何もないのかと安堵して自動扉の前に戻り、水溜まりを拭き取ろうと身を屈めた時だった。
水たまりの水面に、白い影のようなものが扉の方へ横切る様子が映った。
びっくりして立ち上がり周囲を確認するが、周りには特に何もなく、水面に映り込むような白いものも見当たらない。
気のせいかと思い、再び水を拭き取ろうとした時、背後の自動扉が突然開閉を繰り返し始めた。
扉の前には当然何もない。
だが扉の目の前に、平たい面で付けたような足跡があることに、その時に初めて気がついた。
ついさっき隣の工場を見に行った時にそんな足跡はあっただろうか・・・。
思い返しても、水溜まりは自動扉の方向へ点々と付いていただけで、扉の前にはなかったように思う。
そこで俺は、警備員から聞いた噂を思い出して恐怖を感じ、急いで水溜まりを拭き取って工場から逃げるように帰宅した。
帰り際に工場内を消灯する際、自動扉をちらりと見たが、扉はまだ開閉を繰り返していた。
その後は特に異常はなく、工場で事故があったとか過去に人が亡くなったという話も特に聞かない。
ただ、件の自動扉は何度か修理の業者が直そうとしているのを見たが、未だに直っておらず、誰もいないのに時々開閉を繰り返している。
何気なく立ち寄ったコンビニで、あるいは職場や病院で、人もいないのに扉が開閉を繰り返しているという様子はよく見るし、大抵のことはセンサーの誤作動で説明がつく。
しかし、扉に付けられた赤外線センサーが異常なのではなく、人の目に見えない何かが扉の前にあり、センサーはそれを検出しているのだということを考えずにはいられない。
目に見えない何かが常にそこにいて、自分達の周りを平然と歩き回っていると考えると恐ろしい。
ちなみに、今現在も続いている。
(終)