邪視という恐ろしい瞳 4/4

 

叔父は、仕事柄、

船で海外に行く事が多い。

 

詳しい事は言えないが、

いわゆる技術士だ。

 

叔父が北欧のとある街に滞在していた、

ある日の事。

 

現地で仲良くなった、

通訳も出来る技術仲間の男が、

 

面白いものを見せてくれると言う。

 

叔父は人気の無い路地に

連れて行かれた。

 

ストリップとかの類かな、

と思っていると、

 

路地裏の薄汚い、

小さな家に通された。

 

叔父は中に入って驚いた。

 

外見はみすぼらしいが、

家の中はまるで違った。

 

一目で高級品と分かる絨毯に、

壺や貴金属の類・・・。

 

良い香りも漂っている。

 

わけが分からないまま、

叔父が目を奪われていると、

 

奥の小部屋に通された。

 

そこには蝋燭が灯る中、

 

見た目は60代くらいの

男が座っていた。

 

ただ異様なのは、

 

夜で家の中なのに、

サングラスをかけていた。

 

現地の男によれば、

「邪視」の持ち主だと言う。

 

邪視(じゃし)とは、

 

世界の広範囲に分布する民間伝承、

迷信の一つで、

 

悪意を持って相手を

睨みつける事によって、

 

対象となった被害者に呪いを

かける事が出来るという。

 

イビルアイ(evil eye)

邪眼(じゃがん)

魔眼(まがん)

 

とも言われる。

 

邪視の力によっては、

 

人が病気になり衰弱していき、

ついには死に至る事さえあるという。

 

叔父は、からかい半分で

説明を聞いていた。

 

この男も、そういう奇術や

手品師の類であろうと。

 

座っていた男が、

現地の男に耳打ちした。

 

男曰く、

 

信じていない様子だから、

少しだけ力を体験させてあげよう、と。

 

叔父は、これも一興と思い、

承諾した。

 

再び、男が現地の男に

耳打ちする。

 

男曰く、

 

「今から貴方を縛りあげる。

 

誤解しないでもらいたいのは、

それだけ私の力が強いからである。

 

貴方は暴れ回るだろう。

 

私は、ほんの一瞬だけ、

私の目で貴方の目を見つめる。

 

やる事は、ただそれだけだ」

 

叔父は、恐らく何か、

 

目に恐ろしげな細工でも

しているのだろう、

 

と思ったという。

 

本当に目が醜く潰れている

のかも知れないし、

 

カラーコンタクトかも知れない。

 

もしくは、香に何か、

幻惑剤の様な効果が・・・と。

 

縛られるのは抵抗があったが、

 

友人の現地の男も、

本当に信頼出来る人物だったので、

 

応じた。

 

椅子に縛られた叔父に、

男が近づく。

 

友人は後ろを向いている。

 

静かにサングラスを外す。

 

叔父を見下ろす。

 

「ホントにな、

 

今日のアイツを見た時の様に

なったんだ」

 

コーヒーをテーブルに置いて、

叔父は呟いた。

 

「見た瞬間、

死にたくなるんだよ。

 

瞳はなんてことない

普通の瞳なのにな。

 

とにかく、

世の中の全てが嫌になる。

 

見つめられたのは、

ほんの1~2秒だったけどな。

 

何かの暗示とか、

催眠とか、

 

そういうレベルの話じゃ

ないと思う」

 

友人が言うには、

 

その邪視の男は、

金さえ積まれれば殺しもやるという。

 

現地のマフィア達の抗争にも

利用されている、

 

とも聞いた。

 

叔父が帰国する事になった

1週間ほど前、

 

邪視の男が死んだという。

 

所属する組織のメンツを潰して

仕事をしたとかで、

 

抹殺されたのだという。

 

男は娼婦小屋で椅子に縛りつけれれて

死んでいた。

 

床には糞尿がばら撒かれていたという。

 

男は、凄まじい力で

縄を引きちぎり、

 

自分の両眼球をくり抜いて

死んでいたという。

 

「さっきも言った様に、

邪視は不浄なものを嫌う。

 

汚物にまみれながら、

 

ストリップか性行為でも

見せられたのかね」

 

俺は一言も発する気力もなく、

話を聞いていた。

 

さっきの化け物も、

邪視の持ち主だったという事だろうか。

 

俺の考えを読み取ったかのように、

叔父は続けた。

 

「アイツが本当に化け物

だったのか、

 

ああいう風に育てられた人間

なのかは分からない。

 

ただ、

 

アイツは逃げるだけじゃ

ダメな気がしてな・・・

 

だから死ぬ気で立ち向かった。

 

カッパも人間の唾が嫌いとか

言うじゃないか。

 

案外、

お経やお守りなんかよりも、

 

人間の身体の方がああいうモノに

有効なのかも知れないな」

 

俺は、話を聞きながら

弟の夢の事を思い出して、

 

話した。

 

弟が助けてくれたんじゃ

ないだろうか・・・と。

 

俺は泣いていた。

 

叔父は神妙に聞き、

 

1分くらい無言のまま、

やがて口を開いた。

 

「そういう事もあるかも

知れないな。

 

○○(弟)はお前より

しっかりしてたしな。

 

俺の鳴った携帯の事、

覚えてるか?

 

あれな、

別れた彼女からなんだよ。

 

でもな、

 

この山の周辺で、

携帯通じるわけねぇんだよ。

 

見ろよ、今、アンテナ

一本も立ってないだろ?

 

だからそういう事も

あるのかも知れないな・・・。

 

今すぐ山下りて帰ろう。

 

このロッジも売るわ。

 

早く彼女にも電話したいしな」

 

叔父は照れくさそうに笑うと、

コーヒーを飲み干し立ち上がった。

 

(終)

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