上の住人と重なる生活音 2/2
そうこうするうちに3ヶ月が過ぎ、フリーにも飽きた頃、奴は明らかに風邪をひいていた。
ゴホゴホと散発的に咳をしている。
その日は確か、月曜日か火曜日で週の初めだった。
どうやら奴は病欠したようだ。
昼ぐらいまでウトウトしていて、ふと思った。
向こうの音がこれだけ聞こえるということは、こちらの音も多少ながら向こうに聞こえている訳で、ここで私が昼日中から家に居ることが分かると、奴の方ではどう思うだろうか?
当然、奴の方も驚くに違いない。
私が思っていたことが、これから奴の考えることになるのではないか?
人の目覚ましで起きていたり、同じ時間に風呂やトイレに入ったり、気味の悪い奴だと感じていたそれが、向こうから見れば私が「気味の悪い下の住人」という訳だ。
ああ、弱ったな。
身動きが取れない。
でも、風呂はともかくトイレには行かざるを得ない。
ゆっくりこっそり戸を開けて静かに用を足し、不自由に過ごした。
早く就職して、この不自由から脱出したい。
切に願った。
「パキッ」
すっかり夜更けになった頃、ベランダの方で音がした。
寝ぼけ眼で窓を見ると、街頭に照らされた植え込みの影がさざめいている。
掛けっぱなしのハンガーが風でガラスに当たったのだろう。
「コーンッ」
ベランダの外枠は金属で出来ている。
ハンガーが落ちたか?
さほど気にする気もなく、もう一度窓を見る。
なにか違和感が・・・。
もの凄い圧迫感がある。
なんだろう?
気味が悪い・・・。
時間は夜の9時。
しまった!見たい番組があったんだ!
バッと飛び起きて電気を点ける。
録画しなきゃ。
テレビのリモコンに手を伸ばした時、窓の淵で何かが動いたような気がした。
視界の端にチラッと感じたが、とりあえずテレビ。
そしてトイレへ。
戻って来た時、先ほどの窓の淵を見てゾッとした。
手の跡が付いている!
その跡は正確には手のひらではなく、指先がスライドしたような跡。
つまり、誰かが窓を開けようとして指先で押してすべった跡だ。
背筋がキューッと寒くなった。
ライトを持って来て、さらに確かめてみた。
反対側の窓の淵にも指の跡があった!
ゾクゾク背筋か寒くなる。
これはヤバイ!
誰かが進入しようとしている!
怖くてパニックになりオロオロしていると、これでもかというタイミングで電話が鳴った。
ビックリして本当に3センチぐらい飛び上がった。
番号表示機能が無い電話機だったので、誰か分からない。
留守電に切り替わるまで心臓をバクバクして見守るしかなかった。
「おらんのか?おーい、A子」
お父さん?!
なんというタイミング!
普段はウザイだのムカツクだの思っていた父親が、この時ほど偉大な守護神に思えたことは無かった。
夜中というのに、隣県から父親が来てくれた。
母親も一緒に来てくれた。
一晩、文字通り川の字になって寝た。
この時ほど両親がありがたい存在だと実感した時はなかった。
なんて自分は幸せだったのかと、そう思うと涙がこぼれて泣きながら爆睡した。
その夜、父親はトラップを仕掛けていた。
ビデオカメラで指跡の着いた窓を録画し続けたのだ。
すでにお分かりだろうが、そこに映っていたのは「上の住人の男」だった。
そう言えば、いつからか見かけなくなったパンツが何枚かあった事とか、風呂に入る度に外を人が歩いていく音を聞いたとか、思い出すとあれもこれもいろいろ不審な事象があった。
とりあえず一件落着した。
後日、警察へ行くことになるのだが、上の住人の男がどうなったかは想像に任せる。
(終)
ただの変態やんw