解体する病院の診察室で寝泊りしていたら
10年くらい前、埼玉で病院の改築をした時の話。
解体工事中にまだ事務所を構えていなかったので、解体予定の診察室Aに仮事務所を構えて仕事をしていた。
現場から家が遠く、年も若かったから帰るのもめんどくさくて、しょっちゅうその街で飲んでは事務所で寝ていた。
ある夜、いつものように飲んで事務所に戻ったものの、眠気が来ないので図面をチェックしていたら、「ペチペチペチ」という拍手のような音が聞こえてきた。
現場には浮浪者の侵入などもあったので、音のする方へ確認しに行った。
どうやら音のする場所は、1フロア上の診察室Bからのようだった。
迷子で付いて来ちゃった
その時は心霊現象とかそういったものは頭の片隅にもなく、泥棒だったら引っぱたいてやる!とバール片手に部屋に入った。
すると、さっきまでしていた音がピタリと止んだ。
見回しても特に異常は無い。
ところが、部屋を出てしばらくするとまた聞こえる。
しかし部屋に入り直してみても、やはり誰もいない。
そして部屋から出るとまた音がする。
なので、俺はそーっと部屋に入ってみた。
すると、音はしているが誰もいないようだった。
これはきっと屋鳴り(材質の伸縮で出た音)だと思って部屋から出ると、微かに笑い声がした気がした。
さすがに怖くなり、ダッシュで現場から離れて駅前のビジネスホテルに泊まることに。
その後、情けないが怖かったので本気で事務所を探し、現場から歩いて3分くらいの場所にあるマンションの一室を借りて事務所にした。
それから一週間くらいは何事もなく、やはり飲み歩いて新しい事務所に泊まっていた。
その日も飲んで事務所に帰ると、「カチャカチャ」という小さい音が聞こえた。
しかし、俺はあまり気にせずにいた。
そして洋式便所に腰掛けて用を足していると、目の前の壁から「ペチペチペチ」という例の音がしてきた。
え?マジかよ!?とビビってしまった俺は、また駅前のビジネスホテルに逃げた。
翌朝、事務所に戻ってトイレに行ってみると、昨晩音がしていた壁のところに『小さい手形』が薄っすらと付いていた。
血ではなかったようだが、赤サビのような泥のような薄っすらとした小さい手形だった。
これは普通じゃねえよ!と思い、近所の寺を探し、住職さんに事情を話して部屋に来てもらった。
すると、住職さんがボソッと言った。
「小さい子だからね、迷子で付いて来ちゃったんだね。帰らせてあげないと」
そして、お経をあげてくれた。
「他の人もいるかもねえ」と、その後に現場の病院にも来てくれて、同じようにお経をあげてくれた。
それ以来、そういった不思議な事はぱたりと無くなり、無事に改築工事を終えた。
住職さんに来てもらった後日、気付くと壁の手形は掃除もしていないのに消えていた。
そしてこれは蛇足だが、住職さんへのお布施は現場経費として認めてもらえず、懐の痛さにも泣いた。
こういった現場工事をやっていると、色々あるんだよね・・・。
(終)