人の胸を二つに割って中の物を食べる者
これは、病室で見てしまった怪奇な体験話。
2012年1月のこと、祖父が肺炎で入院した。
もう年が年なので最後かもしれないと思い、泊まり込みでお見舞いに行った。
6人用の大部屋だったが、同室していたのは30半ばの男性の鈴木さん(仮名)だけ。
他の患者さんは次々に退院されたらしく、残ったのが祖父と鈴木さんだけで快適そうだった。
初日の祖父は申し訳なさそうに終始俯いていた。
夜が近くなり、やっとまともに口を利いたかと思えば、「今日は泊まる所はあるのか?病院に宿泊するのはやめておけ」と、私を帰らせようとする素振りを見せ始める。
当然ホテルの予約なんて取っていないし、椅子を並べて寝ようと思っていたので、病院に宿泊するという意志を伝えた。
すると、しばらくして祖父はバッグから財布を取り出し、「お金はやるからホテルで寝ろ」と言って差し出してきたが、「気を使わなくていいから寝てて」と言ってしまった。
その日は特に何もなかった。
次の日の夜、また祖父に病院から追い出されそうになったが、「残るから」と言い張って残った。
これが失敗だった。
就寝したのは午後11時を回った頃だったと思う。
尿意をもよおして目が覚めた。
時間はわからない。
しかし、起きようと思ったが体が動かない。
人生で初めての金縛りのようなものだった。
その時、同室の鈴木さんが一人で喋っている声が聞こえた。
私はといえば、目だけは動く不思議な感じ。
仰向けに寝たまま鈴木さんの方を見ようとするが、カーテンがかかっている上に、視角の端に月明かりでカーテンに照らされた鈴木さんの影が映る程度にしか見えなくて、あまりよく確認できなかった。
でも、声は聞こえる。
「そんなもの食べれない。くすぐったいからやめてって」
じゃれているようにも思える楽しげな声だったが、影がもう一つ、カーテン越しに現れた。
その影は、鈴木さんのお腹の辺りから出てきたような気がする。
そして、またお腹の辺りに影が入っていく。
ずっと動けないまま3時間くらい経っただろうか。
外が少しずつ明るくなり始めた。
まだ薄暗かったが、カーテンの開いた窓から見える空が少し青くなった頃に、鈴木さんは話さなくなった。
私の体も動くようになり、鈴木さんを見に行こうとした時、何かが私の手を掴んだ。
祖父だった。
汗をびっしょりとかいた顔で、まるで『行くな!』と暗示するような表情と、首を横に振る仕草を私に向けていた。
その瞬間、我慢していた恐怖がどっと押し寄せて、尿意もいつの間にかどこかへ飛んでいた。
睡眠用にと病院に貸し出してもらったマッサージチェアへ腰をかけ直すが、今までの出来事を思い返すと眠れなかった。
祖父が退院してから聞いたが、“あの部屋には西洋の者と思われる悪魔がいた”そうで。
それらしい者の一部始終を見ていた私だが、まだ信じられない。
祖父曰く、向かい側で寝ていた人が、その悪魔に襲われているところを見たとか。
また、夜中にふと目を覚ましたら、向かい側の人が胸をぱっくり二つに割られて、その中の物を食べる”人のような形をした一メートルほどの小さい何か”を見た時に目が合ったそうで。
その何かは顔に血などの痕はなく、本当に人のような顔をしていて、目を合わせるとこちらへ寄ってきて、目を閉じるとまた向かい側の人の胸をぱっくりと割って何かを食べていた。
その最中、向かい側の人は楽しそうに話していた。
それから三日ほどした頃に向かい側の人が退院して、一週間ほどで満室だった部屋が鈴木さんと二人きりになったとか。
その後、鈴木さんは検査のために他の病院へ移され、どうなったかはわからない。
祖父は肺炎も無事に治り、お寺の住職へと復職した。
そして今も元気にしている。
お寺で起こる不思議な出来事を楽しそうに話す祖父のことを、小さい頃は戯言くらいにしか思っていなかったが、今回のことがあってから少しは信じてもいいかなと思うようになった。
(終)