お彼岸用の花を買いに行った帰り道で
お彼岸用の花を買いに、駅前の花屋に行ってきた帰り道での事。
花屋から家までは徒歩15分弱の距離。
幹線道路沿いをまっすぐ歩いて、住宅街への道を少し入れば家に着くような単純な道のり。
昔は繊維業が盛んな地域だったので沢山の工場が建ち並んでいたが、産業の衰退と用途地域が変わった関係で今は一つもない。
・・・はずだった。
お彼岸だからかもね
道路を挟んだあちら側に、茶色い大きな建物があった。
それは私が小さい時に見ていた繊維工場で、むしろその頃のものよりなんだか綺麗だった。
というより、「なんで工場が?今は駐車場になってるんだけど?」と、頭の中は大パニックに。
私は花を抱えて立ち尽くしていると、パートらしきおばちゃん達がぞろぞろとその建物から出てきた。
そこでまたしても目を疑った。
その中には、私の母にそっくりなおばちゃんがいた。
「おかしい、おかしい、おかしい」
その母のような人は、道を渡ってこちらに向かって来ている。
私はとっさに電柱の陰に隠れようとして愕然とした。
電柱が『木』で出来ている昔の電柱だった。
もう訳が分からなくて泣きそうだった。
そんな間に、母のような人は道路を渡り切り、私の少し前を、たぶん同じ家に向かって歩いて行く。
私もとにかく家に帰りたい一心で、なんとか歩きだした。
母のような人は、私が曲がる角と同じところを曲がった。
私は「やっぱり母だ」と思い、追いかけようとして角を曲がると、急に車のヘッドライトに照らされてビックリした。
それは幼馴染が運転する車で、窓を下ろしてくれた彼女と「久しぶり~」と軽く挨拶をした後、おかしなことに気付く。
私は15時半くらいに花屋を出たはずなのに、もうヘッドライトをつけるような時間になっている。
時間を聞くと、18時半過ぎ。
なんだか怖くなって後ろを見ると、さっき見た工場は無く、いつもの駐車場があった。
幼馴染と別れた後、半泣きで家に入ると、ソファーで犬を膝に乗せてテレビを観る母の姿があった。
「本屋で立ち読みでもしてたのかと思った」と言う母に、しなしなになった花を渡して事の顛末を話すと、「お婆ちゃんが昔に工場でパートやってたけど?」と言った。
花を活けつつ「お彼岸だからかもね」と呟いた母と、遺影のお婆ちゃんはそっくりだった。
どうやらあの時に工場から出てきたのは、母ではなくてお婆ちゃんだったようだ。
それにしてもビックリした体験だった。
(終)