新聞社は意外にも心霊現象が豊富らしい
父さんから聞いた話。
新聞社勤めだった父さんによると、新聞社は意外にも心霊現象が豊富らしい。
これは、「24時間誰かがいるのになぁ」と、ビールを飲みながら子供の頃の僕にいくつか教えてくれた話の一つ。
真っ暗なのに分かっちゃった
父さんはいわゆるブンヤではなく内勤だったので、イレギュラーがない限りそこそこ定時に上がれたんだけど、その日は記事の差し替えに伴う調整があり、朝帰りをする羽目になった。
※ブンヤ(聞屋)
新聞記者をいう俗語。
明け方、一段落して少し休む前に、トイレに行こうと席を立った。
誰かが電気を消したのか、真っ暗な廊下を歩く。
そして、明かりのついたトイレに入った途端、なぜかトイレが急に真っ暗になった。
うわぁっと悲鳴をあげると同時に、小便器の前に誰かがいるのに気付く。
「真っ暗なのに分かっちゃったんだよなぁ」
そう言う父さんのしかめっ面が、子供心に凄く怖かったのを覚えている。
そこには、かなり古いコートと帽子を身に着けた、背の低い男が用を足していた。
人がいたのかと安心する間もなく、バチバチッという大きな音を立てて明かりがついた。
急に明るくなって、目をパチパチさせながら父さんはその人に「びっくりしましたね」と話しかけようとした。
でも、そこには誰も居なかった。
父さんが戸口に立っていたから、どこにも行けるはずがないのに・・・。
その後、ぽかんとする父さんの目の前で、小便器の洗浄ボタンが押されて水がジャーと流れ出したのを見た父さんは、再び悲鳴をあげて逃げ出した。
慌てて自分の机に戻った父さんを、同僚が「どうした?」と落ち着かせてくれたけど、何があったかを話しても、その同僚は笑って取り合ってくれなかった。
見間違えか?と納得しかけた父さんと同僚だけど、その時に「すまんなあ、帰るわぁ」という声が二人の耳元で聞こえて、二人して物凄い悲鳴をあげた。
次の日、二人して先輩や長く務めた人らに話を聞いて回ったけど、真相は分からずじまいだった。
帰れないまま死んだ新聞記者とか、そういう『いわく』があるわけでもなく、心当たりも全くない。
その後、父さんは二度とその人に会うことはなかった。
結局は何も分からないまま新聞社は新しいビルに移ってしまい、調べようがなくなった。
今でも父さんは時々、僕にその話をする。
「あれは一体なんだったんだろうなぁ。でも、あの明るい声は幽霊とかじゃない気がするんだよなぁ」と言うのがいつものオチ。
でも当時、父さんは家に連絡なしで仕事で徹夜した上に、次の日もその不思議な男の聞き込みで帰りが遅くなったので、まだ新婚だった母さんに物凄く怒られて、泣かれて、浮気まで疑われたらしい。
それは洒落にならない話なのかもね。
(終)