鏡の向こうの異変と怪奇なトイレ
これは、10年くらい前の体験話。
私は経営コンサルティング会社を経営し、全国を飛び回っていた。
当時、名前が知られるようになってきたこともあり、講演会の講師として招かれることも多かった。
ある日、山梨県にある中堅の機械製造メーカーから講演会の依頼があった。
近場の会議室を借りての講演会で、出番まで待つ間、控え室として与えられた小さな部屋で過ごしていた。
待ち時間中、トイレに行きたくなり席を立つと、案内係を務める若い社員が「こちらです」と誘導し始める。
しかし、部屋に入る時にすぐ横にトイレがあるのを見ていたので、案内は必要ないことを告げると、「隣のトイレは古いので、施設の人が下の階を使った方がいいと言っていました」と言う。
ただ、どうせ小さい方だったので「流れればそれでいいよ」と、そのまま隣のトイレに入った。
確かに、そのトイレは古びた雰囲気で陰気な感じが漂っていたが、あまり気にせず四つある小便器のうち一番手前で用を足した。
用を足した後、手を洗いながら目の前の『鏡』をふと見ると、視界の端に『人影』が映った。
(あれ?さっき人いたかな?)
不思議に思いながら鏡越しに振り返ると、一番奥の小便器にこちらに背を向け立っている男性がいる。
だが、その男性は用を足すでもなく、ただ壁の角をじっと見つめている。
(なんか気持ち悪いなぁ)
そう思っていると、その男性がゆっくりと振り返り始めた。
不気味な感覚に襲われ、私は慌ててトイレから出た。
そして、外で待っていてくれた案内係に「なんか変な人がいるよ」と言うと、「ちょっとやめて下さいよ~」と冗談のように言いながら、恐る恐るトイレの中を覗き込む。
「誰もいないんですけど?」
「いや、絶対にいた。鏡越しに見た。ちょっと中を確認してくれ」
渋々トイレに入った彼だったが、真っ青な顔で飛び出してきた。
「あの、このトイレに鏡なんてありませんよ!?」
彼の言葉に私は唖然とした。
それなら私が見たのは一体何だったのか…。
(終)