亡くなった人たちの顔が思い出せない
これは、以前勤めていた会社の年配の女性社員の方から聞いた話です。
仮に、その方のお名前を斉藤さんとします。
斉藤さんが若い頃のことなので、今から数十年も前の出来事なのですが・・・。
休暇で友人らと旅行に行った時に、ある登山グループの一行と出合ったそうです。
一行は7人程の若い大学生のグループで、そのうち女の子が1人だけいました。
誰の顔も覚えてないのよ
登山グループと斉藤さんのグループは電車の席が隣り合わせになったので、しばらく楽しく談笑したり、お菓子を交換し合ったりして過ごし、降りる時には「じゃあ気をつけて行って来てくださいね」と明るく手を振って別れたそうです。
それから1週間ほど過ぎた頃でした。
テレビで、『大学生の登山グループが山に入ったまま予定日を過ぎても帰って来ない。連絡も取れなくて遭難した模様だ』というニュースが流れました。
斉藤さんはニュースを見て、すぐに「あの子達だ!」と思ったそうです。
グループの構成人数も、日にちも、向かった山も全て一致したらからです。
電車で一緒になったあの子達が遭難したなんて・・・と信じられない気持ちだったそうです。
どうか無事に帰ってきて欲しいと願ったそうですが、残念ながら2~3名がかろうじて救助されましたが、他の方たちは山で亡くなりました。
「それが妙なのよね・・・」と斉藤さんが言うのが、どうしても亡くなった人たちの顔が思い出せないそうなのです。
電車では1時間半ほど隣り合わせで座って、見知らぬもの同士だけど、ずっと楽しく会話していたのに全く顔が思い出せない。
7人グループで女の子が1人、そのうち大人しそうな子が1人いて、その人が女の子のリュックを網棚に乗せてあげていたら、他の子たちからヒューヒュー言われて真っ赤になっていたとか、些細な事もみんな覚えているのに、なのに顔がどうしても思い出せない。
女の子も、その子も亡くなったそうなのですが、髪が長かったか短かったかさえ思い出せない。
それが自分だけじゃなくて、一緒だった友人らも同様で、まるで顔が無いように、どうしても亡くなった人たちの顔が思い出せなかったそうです。
「大して日にちも経っていないし、1時間半も隣り合わせていたのだから、1人くらい顔を覚えていても良さそうなものなのに、誰の顔も覚えてないのよ。友人らとも『どうしてだろう?不思議だね』と言ったんだけど、こんなこと初めてよ」
斉藤さんは首を傾げながら、そう言っていました。
(終)