もう一人の私に呼ばれる母
これは、一年ほど前に母と体験した不思議な話です。
最初に事が起きたのは、私が二階の自室でゲームをしていた時のことでした。
一階の居間にいた母がノックもせずに私の部屋に入って来て、「あんたさ、今起こしに来た?」と突然聞いてきました。
消えた双子
私が「いや無理だし。ゲームやってんじゃん」と言うと、母は怪訝な顔で「いや、耳元であんたが呼んだから起きたんだけど・・・。やだね、ボケてんのかね私」と言って部屋から出て行きました。
その時は私も、ただの寝惚けか、と納得しました。
しかし、二度目は私が外出中で、母は台所で料理中でした。
この時もやはり私の声で呼ばれたのだそうです。
帰宅してからその事を聞いたものの、やはり気のせいだろうということで終わりました。
そしてついに三度目。
私は自室で寝ており、母は夜食を楽しんでいた時のことでした。
また聞こえたのだそうです。
私と全く同じ声のトーンと口調で「お母さんっ!」と。
私は叩き起され、興奮気味に「聞こえたんだって本当に!」と何度も言う母を相手にしながら、二つの可能性をぼんやり考えていました。
『ついにボケた』か、『バニシングツイン』か。
二つ目の言葉は御存知ない方もいらっしゃると思います。
文字通り、“消えた双子”です。
私は中学生の頃に、左腕に腫瘍が出来て手術を受けたことがあります。
二の腕が腫れているな・・・とは思っていたのですが、ある日突然ひっくり返るほどの激痛が走り、救急車で病院に運ばれて即手術となりました。
切除した腫瘍の中からは、魚より少し太い骨や細い髪の塊などが出てきたそうです。
あまりにショッキングなものだったので、今は亡き父しかその実物を見ていないのですが、話はよく聞いていました。
母が私を妊娠した時には確かにいたのにすぐ消えてしまった、もう一人の母胎内の同居人のことを。
二人で産まれるのが困難な場合、どういう訳かどちらか一方が消え、片方に産まれる権利を渡すのだそうです。
通常は母親の胎内に吸収されて消えるのですが、稀にもう一人の方に吸収されてしまうことがあるそうで、私達はそのパターンでした。
そんなこともあり、「あの双子の子、かな?」と何となく口に出してみました。
少し母の顔が曇ったのを見て、若干後悔のようないたたまれなさを感じましたが、母はボケるにはまだ早すぎるし、私自身も口に出した瞬間、その答えが不思議と一番しっくりきたのです。
母は少し笑いながら「そうかもしれないねぇ」と言って、また居間に戻りました。
それ以降、母がもう一人の私に呼ばれることはなくなりました。
本当に私を生かしてくれた双子の声なのか、今もはっきりとした答えは出ていません。
でも私にはどうしても、あの子が忘れられるのが嫌で母を呼び続けていたのではないかと思えてなりません。
(終)