突然人格が変わってしまった同僚
俺の職場に、突然人格が変わってしまったヤツがいた。
うちの会社は年次有給休暇の他に、一週間の特別休暇がある。
但し、一週間連続で休まないといけない。
とは言っても、役職が付いてしまうと周りの目を気にして誰も取らなくなるが・・・。
彼は、その特別休暇に有休を繋いで二週間の海外放浪に出る、と言っていた。
なんでも、五年前にツアーではなく単独でイタリアを一週間旅してから旅にハマったそうだ。
帰りの飛行機に乗ると、その中でもう次に何処へ行こうか考える程に。
顔は真っ白、息は生臭く
今回もまたヨーロッパの方を巡ると言っていたが、二週間を過ぎても会社に連絡なく欠勤していた。
その出勤予定日の午後、心配になった係長は彼が一人で暮らしている自宅に電話をするが、誰も出ない。
次の日も同じ。
「まだ帰国してないのか?何かあったのか?」と職場の皆が心配していたのだが、係長が彼の実家に電話をすると母親が出られ、一昨日に帰国の連絡を受けたという。
その電話は彼の自宅からだった、と。
職場では「な~んだ」となったが、本人から連絡は未だに無いし、業務についても彼の代わりをしている人間がそろそろ不満を爆発させそうだった。
彼はその翌日も出勤して来なく、係長の顔色は変わっていた。
ところがその日の夕方、ふらりと出社してきたのだ。
手ぶらで。(おみやげを期待していたわけではないが・・・)
「いや~体調を崩してまして~」なんて言っている。
いつもこういう場合なら、こちらが気の毒に思うほどペコペコする人間なのだが、妙に落ち着いていた。
それに、なんだかオーラが違った。
一回り大きくなった様な感じだ。
係長はもちろん、俺も文句をどう言おうか頭の中で算段していたはずなのだが、それが出てこない。
彼の雰囲気が違っていたのもあるが、その顔色が悪すぎたからだ。
真っ白。
紙のように。
大丈夫か?早く帰れよ、と言いたくなるくらいに。
しかし、こちらの心配をよそに彼は続けてこう言った。
「・・・で、誠に急で申し訳ありませんが、本日を持ちまして退職いたします。すいません」
そう言うと、懐から辞表と書かれた封筒を出した。
俺は人生で初めて辞表と書かれた封筒を見た瞬間だ。
また暢気にも、「ドラマみたいだなあ」と思った。
だが係長は大慌てし、「いやいや、もっと話し合おう」と言ったが、彼はそのままクルリと小気味いいステップで軍人のような回れ右をすると、会社から出て行こうとした。
その際、俺の横を通り過ぎたので、後ろから彼の肩を押さえて、「おいおい、大丈夫かよ?」と言った。
すると彼は、「大丈夫、大丈夫。生きてて一番大丈夫」などと、冗談ぶって言い放った。
ちなみに彼は俺の三つ年下で、会社でも俺の後輩だったので普段から敬語で話していた。
また、“息が魚市場のような生臭さ”だった。
俺がたじろぐと、彼の喉がシュッシュッと紙が擦れるような音を出した。
それに笑っていた。
彼のそんな笑いは見たことはなかった。
そして、そのまま大股で歩いて出て行った。
それきり、彼は会社に来なくなった。
三日後、驚いたことに彼の私物を業者が引き取りに来た。
なんでも屋のような業者で、彼の印鑑が押された依頼書を提示し、彼のロッカーとデスク周りを整理していた。
何の連絡もないまま業者は訪れたので、職場の誰もが鼻白んでいた。
※鼻白む(はなじろむ)
気後れした顔つきをする。興ざめする。
つなぎ服を着た二人組みだったが、“二人とも顔色が真っ白”だったのを見て、なんだかゾッとした。
俺はそれ以来、彼と関わることはなかったが、彼と同期で入社し、仲の良かった二人の同僚が休みの日の昼間に彼の部屋へ行ったそうだ。
それによると、事前の電話では「別に来てもいいよ」と言われたはずが、行ってみるとドアには鍵が掛かっており、いくら呼んでも誰も出て来なかった。
また、彼の部屋の窓にはシャッターが降りていた。
同僚らは携帯から彼の家の電話に連絡すると、部屋の中で着信音が響いているのが何となく聞こえた。
しかし電話には誰も出ず、留守番電話に切り替わったので、「お~い、起きてるか~」と大きい声で言ってみてが、反応は無かった。
その後、仕方なく二人は近所で時間を潰し、夜になってからまた行ってみると、部屋の窓に明かりがあった。
だが、いくらチャイムを鳴らしても電話をかけても、相変わらず反応は無かった。
しかし、明らかに部屋の中には人の気配がしていて、さらには“複数の人がいる”感じだったそうだ。
二人は怖いのもあってそのまま帰ってしまったが、深夜にそのうち一人の携帯に彼からメールがあった。
『また海外に行きます。帰ったら会おう』
それ以来、誰も彼とは連絡を取っていない。
俺は係長に、「彼の実家にもう一度電話して、様子を探ってみましょうよ」と飲みに行く度に言っているが、係長は全く乗り気ではない。
(終)