一刻も早く除霊しないと子供は地獄に堕ちる
これは、4年前に飲み屋で知り合った女の子が語ってくれた話。
彼女の姉には4才になる息子がいたが、ある時に白血病を患って入院してしまった。
小児白血病というものは進行が早い。
昔に比べれば死亡率は飛躍的に下がったとはいえ、まだまだ恐ろしい病気だという。
そんな事情もあり彼女の姉とその夫は、祈るような気持ちで毎日病院へ通っていたそうだ。
藁にもすがる思いだったが・・・
そこへ現れたのが彼女の叔母さんだった。
この叔母さんが霊や呪いを信じているうえにお節介な人で、”自称霊能者”という人を病院に連れてきて、病室で霊視のような事をさせた。
そしてその自称霊能者いわく、「この子には悪霊が憑いている。今すぐ除霊しないと連れて行かれる」と。
姉とその夫は半信半疑ながらも、藁にもすがる思いで除霊を依頼した。
ただ、病院から息子を連れ出すわけにはいかなかったので、家で除霊の儀式を行った。
しかし、子供の病状は一向によくならない。
するとまた叔母さんがやって来て、その自称霊能者の言葉を姉夫婦に伝えた。
「悪霊の力は思いのほか強い。一刻も早く連れ出して除霊しないと子供は地獄に堕ちる」と。
その直後、子供の容態が急変した。
まだまだ甘えん坊だった息子は母の手を握りしめ、「ママ怖い・・・ママ怖い・・・」と言いながら息を引き取ったそうだ。
この事が原因で、姉夫婦は離婚してしまった。
姉は下の娘を引き取って、一旦実家に戻った。
しかし姉の心には、「子供は地獄に堕ちる」という言葉が重くのしかかっていた。
地獄で苦しむ我が子の姿を想像すると、気が狂いそうになる。
それこそ地獄のような日々だった。
そんなある日の事、荷物を整理していたら、死んだ息子が使っていた落書き帳が出てきた。
子供が描き殴った乱雑な絵ばかりだったが、ページをめくる度に涙がこぼれたという。
そして、姉の目が最後のページに吸い寄せられた。
病院から落書き帳を持って帰った時、そこには何も書かれていなかったと記憶している。
だが今見ると、そのページには文字が書かれている。
鉛筆書きの拙い字でたった一言、『だいじょうぶ』と。
それを見た瞬間、姉は「これは息子があの世から送ってくれたメッセージだ」と思ったそうだ。
「それでお姉ちゃん、一念奮起して大型免許を取って運送会社に入ったんだ。今は実家を出て女手一つで娘を養っている。つくづく母親って強いなぁって思うよ」
それっきり、女の子はテーブルの上に俯いたまま黙ってしまった。
冷静に考えれば、姉が最後のページを見逃しただけなのだろう。
俺はそう思う。
でも、目の前で半泣きになっている女の子にはあえて言わなかった。
それを言っては野暮だろう、と思ったからだ。
子供を失った親というものは、僅かな希望にでもすがりたくなるものだ。
霊なんて信じていないが、そんな俺でも妻子を失った時は、せめてあの世で幸せに暮らしていて欲しいと、しばらくはそればかり願っていた。
それを糧に今日を生き延びる事ができるなら、死後の世界を信じても良いと思う。
だから、そんな希望を打ち砕くような自称霊能者の無神経な言葉には本当に腹が立った。
ブン殴ってやりたい。
今でもそう思う。
(終)