老舗の温泉旅館での深夜の心霊体験
これは、友人ら3人で温泉旅行へ行った時の話。
宿泊場所は、長野県の某温泉地にある老舗の温泉旅館。
その旅館では大浴場が深夜に男女入れ替えになるようで、私たちは「じゃあ入れ替え直後の掃除が終わったお風呂に入ろうよ」となり、遅い時間にみんなで大浴場に向かった。
夜中の人の気配がない薄暗い廊下をトコトコ歩いてようやく大浴場が見えてくると、ちゃんと入れ替えになってるのかな?と確認する。
みんなして同じタイミングで暖簾を見ていた。
大浴場の暖簾はちゃんと女湯の赤い暖簾になっていたけれど、たまたま暖簾がひらっと動いてちょうど半開きになった時、男性が中に入っていく後ろ姿が見えた。
歳は50代後半か60代前半くらいの、ちょっと小太りで毛が薄い感じの男性だった。
もちろん私たちは、男性が居るのに入るのも…となっていた。
「あのおっさんは入れ替えに気づかず入っちゃったんじゃない?」
「でも今の袢纏(はんてん)、宿泊客のじゃなかったよ?」
「じゃあ従業員じゃない?掃除のチェックに入っただけとか?」
そんな話をグダグダしながら、さっきの男性が出てくるのを廊下にあるベンチに座って待っていた。
けれど、5分…10分…15分と経っても、一向に出てくる気配がない。
次第に、「従業員にしても入れ替えの時間はとうに過ぎているんだからいつまでも居るなよ!」と、みんなイライラし始め、結局は中に入って声をかけようとなった。
脱衣室には居ない。
浴室の中に入っても居ない。
露天風呂のある外に出て探すも、そこにも居なかった。
しばらくみんな無言になった。
挙句、お風呂の気分ではなくなってしまい、誰ともなしに「もう寝ようよ」となり、部屋に戻って寝ることに。
翌朝、あらためてお風呂に入っていると、大浴場の隅にある壁に目立たない切り込みを見つけた。
『従業員通用口』
そこには掠れた字でそう書かれてあり、みんなして「な~んだ、あのおっさんここから出たんじゃん!1回入りそびれて損したー!」と、昨晩の出来事は笑い話で収まった。
けれど、帰り際に車を取りに行った時、私は見てしまった。
大浴場の裏側と思われる外壁に、通用口らしきドアがある。
そのドアのノブにはガッチガチに錆びたチェーンが掛けられてあり、さらにドアの周囲には古い椅子やら机やらが積まれてあった。
友人らには黙っていたけれど、とりあえず私自身は「あのおっさんは露天風呂の2メートルくらいあった外壁を飛び越えていったんだ」、と思うことにしている。
(終)