供養されない水子の霊は成長している
「○○さん、幽霊とか見えます?」
職場の新人のおじさんに、
唐突に聞かれた。
こんな話を集めたり、
人に話しをしたりするのは
もちろん好きだが、
自身の経験など、
ほとんど無いのが実情だ。
おじさんの事を
仮にWさんとしよう。
Wさんからすると、
俺は見える人間に
見えるそうだ。
こんな話を振ってくるという事は、
もちろん何か面白い話を
持っているに違い無い。
「何か経験した事があるんですか?」
早速、尋ねてみると、
Wさんはシミジミと言った。
「水子の霊ってのは
成長するんですねぇ・・・」
話は、かれこれ20数年前。
Wさんがまだ大学生だった
頃の話になる。
Wさんは、
その頃に付き合っていた彼女を、
うっかり妊娠させてしまった。
当然、お互い学生で、
子供を養う金も結婚意識も
まだ無い時分。
仕方なく堕胎手術を行い、
子供をおろしたのだそうだ。
怪異が始まったのは、
それから暫くしてからの事だ。
まずは、幻聴が
聞えるようになった。
部屋で一人でいる時、
大勢の人に囲まれている時、
所構わず耳元で聞える声。
それは、
赤ん坊の声なのだ。
あーとか、だーと言う、
赤ん坊独特のあの声。
あれが耳元で
妙にリアルに聞える。
もちろん、
当時住んでいた寮には、
赤ん坊がすぐそばにいるという
シチュエーションなどありえない、
状況で聞えてくる声。
その声は歳月を経るごとに、
徐々に変化していった。
赤ん坊の声は、だんだんと
ハッキリとした言葉を覚え始め、
半年過ぎた頃には、
ハッキリとした日本語を
話すようになった。
ある時、
耳元で聞える子供の声が、
こう言った。
「おかあさんいなくなっちゃう」
その言葉の意味を、
最初は理解出来なかった。
だが、
数日と経たないうちに、
この言葉の意味を思わせるような
出来事が起こる。
当時付き合っていた、
例の堕胎をさせた彼女が、
別の男と浮気していた
事が分かり、
呆気なく、Wさんは
フラれてしまったのだ。
その頃からWさんは、
もしかしたらこの声は、
自分がおろさせた子供の霊
なのではないか、
と考え始めた。
だが、分かったところで
どうして良いものか分からず、
暫く、またその子供の声と共に
生活をしていたのだが、
この頃から子供の声が、
ある湖の名前を言うようになった。
Wさんから俺もその湖の名前を
ハッキリ聞いたのだが、
申し訳ないが忘れてしまった。
子供の声は何度も、
その湖の名前を口にするので、
気になったWさんは、
その湖について
調べてみる事にしたのだという。
調べてみると、
その湖の周辺に、
水子供養の寺がある事が分かった。
きっと、この子は
供養してもらいたいに違いない。
そう思ったWさんは、
その湖の近くの水子供養の寺を
訪れてみる事にした。
どんよりとした曇り空の天気
だったのを覚えているという。
湖の沿線を走り、
水子供養の寺へ
やって来たWさんは、
とりあえず拝んだ。
これで良かったのだろうか?
なんとなく浮かぬ気持ちで湖まで
引き返してきたWさんの目に、
湖面に浮かぶ花束が映った。
何の為に誰が流したのかも
分からない花束。
なんだか無性に手を
合わせたくなったWさんは、
花束に向かって熱心に
手を合わせたのだという。
すると、
Wさんの目の前に、
信じられない光景が現れた。
どんよりと曇った雲間から、
一筋の光が湖面の花束に
向かって伸びたのだ。
まるで何かが浄化されていくような
光が治まった途端、
急に体が軽くなったのを感じた。
それ以来、子供の声は
聞えなくなったのだという。
花束に差した光と
水子の霊に、
どういう関連性があるのかは
分からないが、
どうやらWさんに憑いていた
水子の霊は、
一先ず供養されたようだ。
Wさんは今日も、
「能率がなかなか伸びない」
と苦笑いを浮かべていた。
(終)