夢の中で語りかけてきた人形
事の発端は夢から始まった。
青みがかった黒髪の『日本人形』が夢に出てくるのだ。
夢の中の人形は、ただ俺と見つめ合っているだけで、一体何を意味しているのかさっぱり分からない。
一週間毎日続き、ほとほと悩んでいた頃、夢に変化があった。
人形が何やら語りかけてきた。
一体なぜ人形は俺の元に現れたのか?
しかし意味のあるような言葉には思えず、俺には通じなかった。
・・・が、何度か同じ夢を見るうちに気が付いた。
どうやら数字を言っている。
それも、十桁の数字だ。
俺は目が覚めるとすぐに、その数字をメモに書き留めた。
よくよく見てみると、電話番号のような気がした。
頭三桁の数字は、俺の住む地域の市外局番と一致している。
しかし、当然のことながらとても電話をかける気にはなれず、特に何もすることはなかった。
同じような夢が相変わらず続き、人形は数字を俺に伝え続ける。
人形の夢を見始めてから二週間が経った頃、一念発起した俺は電話をかけてみることにした。
※一念発起(いちねんほっき)
あることを成し遂げようと決心する。四字熟語。
何か夢に関するヒントが得られれば、という思いからの行動だったが、同時に何か不吉なことがあるのでは、という恐れは頭から離れなかった。
電話をかける前に、とりあえず番号をネット検索してみた。
あっさりヒットした。
どうやら県内にある居酒屋のようだった。
家からそう遠いわけでもない。
電話をかけるのはやめ、俺は週末その店へ行ってみることにした。
友人二人を連れ立って電車と徒歩で一時間、小さな町の居酒屋だった。
看板に書かれてある電話番号は、あの数字と一致する。
店に入るとまだ早い時間だからか、客は俺たちだけだった。
酒もそこそこに、店主に夢の話をしてみた。
店主は心当たりが無いようだったが、カウンター越しに聞き耳を立てていた女将が「詳しい話を聞かせてくれ」と言ってきた。
話を一通り聞かせると、女将は「おそらく家にある人形じゃないか。越して来てから随分になるが、ずっとしまい込んだままだった。ちょっと探してくるね」、と店の奥に消えた。
しばらくして、女将は煤(すす)けたクリアケースにしまわれた日本人形を持ってきた。
一目で分かった。
夢の人形だった。
女将によると、この人形は女将の父が生前に従妹から譲り受けたもので、詳しくは分からないが非常に貴重なものであるとのことだった。
元の持ち主の従妹は金に汚く、変わり者で、親戚付き合いは何年も前に絶ってしまっているとか。
女将としばらく話し込み、もしかしたらということもあるからと、その従妹に連絡を取ってみるよう勧め、女将もそれに同意した。
それからも夢はしばらく続いたが、ある日を境にぱったりと見なくなった。
人形にまつわるあの一族の中で、何かしらが解決したような予感がし、やっと肩の荷が下りるようだった。
しかし、程なくして女将から連絡があった。
女将は従妹を捜し、人形を返すことが出来たらしい。
従妹は病に伏せり寝たきりだったが、息子夫婦の家に引き取られ暮らしていた。
人形を見ると、とても懐かしがり喜んだ。
従妹の故郷の数少ない思い出の品だったようだ。
涙を流して女将に礼を述べたという。
年のせいか、評判よりずっと丸くなったようで、感じの良い老婆だったとか。
息子夫婦も好感の持てる人物で、これをきっかけに親戚付き合いが戻るかも、と女将は喜んだ。
しかし、女将が人形を返してから一週間も経たないうちに訃報が届いた。
従妹が亡くなったそうだ。
女将は、「人形が従妹の最後に寄り添うために私たちを頼ってきたのかねえ」と語った。
俺は全てを消化することは出来なかったが、なんとなく物の縁や人の縁に触れることが出来た気がして、まんざらでもなかった。
しかし、この一件は終わってはいなかった。
人形が再び現れた。
今度は夢の中ではなかった。
夜、物音で目を覚ました。
家はアパートの一階なのだが、どうも窓の外の庭でカタカタと何かが音を立てている。
風のせいかと思ったが、どうも気になって寝つけなかったので、片付けようと窓を開けるためカーテンを引くと、居た・・・。
夢で見た、女将が持ってきた、あの人形だった。
青みがかった髪が揺れている。
風は無い。
カタカタ揺れているのは人形自体が動いており、コンクリートに足を打ち付ける音だった。
カタカタカタカタカタカタカタ・・・と、ただ一点に留まり揺れ続けている。
以前の夢の中では、人形の表情など気にも留めなかったが、今度は一目で分かる。
怒っているのだ。
穏やかだが、とてつもない憎悪の表情。
どういう根拠かは説明できないが、とにかくそう直感した。
俺はカーテンを閉め、布団に潜り込んだ。
音は夜明けまで続き、俺は眠ることが出来なかった。
翌日、女将にこの事を伝えた。
やはりというか、女将の家にも人形は現れたらしい。
寝室の隅でカタカタ揺れる人形を見て、恐怖のあまり家を飛び出し、寝巻きのまま朝までファミレスで夜を明かしたという。
主人は気づかなかったとか。
俺はその日、とても家で寝る気になれず、友人の家に泊まった。
その夜、女将から電話があった。
従妹の死に不審な点が見つかり、息子夫婦が殺人の疑いで捕まったという。
亡くなる直前、人付き合いが全くなかった従妹を突然訪ねてきた女将と俺に話を聞きたい、と警察から連絡があったという。
女将と俺は一連の話をしたが、もちろんとても役立ちそうな情報ではなかった。
人形のくだりなどは当然信じてはもらえるはずもなく、そのような人形はあの家には無かったと言われた。
詳細は分からないが、どうも従妹は長い間虐待を受けていたらしく、それにより激しく衰弱していたらしい。
女将と俺はようやく察した。
人形は従妹の元に連れて行けと訴えていたのではなく、従妹を助けて欲しかったのだ。
そして、気づくことの出来なかった女将と俺を恨んでいるのだ。
人形はそれからも2~3日おきに俺の家に現れた。
女将の家も同様だった。
引っ越しも考えたが、とても逃げ切れるわけがないと、そんな気がしたのでやめた。
大袈裟な話ではなく、女将と俺はノイローゼ寸前まで追い詰められ、親戚の紹介でとある寺を訪ねた。
住職は快く話を聞いてくれ、人形自体が無いことは問題だが、なんとか供養が出来るようやってみると答えてくれた。
同時に、従妹の墓を参り、従妹と人形を弔うよう強く勧められた。
また、部屋に貼るようにと御札を頂いた。
正直、相談料は安くはなかった。
女将と一緒に従妹の墓を参り、住職から頂いた御札を部屋に備えると、人形は現れなくなった。
何が効を奏したのかは分からないが、それから人形の姿は見ていない。
あとがき
一体なぜ人形は俺の元に現れたのか?
女将の元に現れるのは分かるが、なぜ俺もだったのか?
皆目見当もつかない。
そして、なぜあれほどの怒りを買わねばならなかったのか?
そして、本当に人形は女将と俺を許してくれたのか?
未だに物音がすると背筋が凍る。
(終)