アウトドアの趣味を捨てることになった出来事
もう20年ほど前の事になる。
あの頃の俺はアウトドアが大好きだった。
バブルの余韻で激増した、いわゆる”にわか好き”ではない本物志向だ。
今思えば恥ずかしいが、俺は聊(いささ)か意地になって本物のアウトドアの達人を目指していた。
迷った先で見つけたもの
さて、本物となる為に俺が考えたのは、ガイドブックのような本には載っていない情報の収集だった。
誰も知らない絶景が見られる穴場スポットや、誰も行かない山奥で桜が咲き誇る秘密のお花見スポット、宿も何も無い森の奥に湧き出ている温泉等々。
そういう場所を知っている事に一人優越感を感じ、そして満足していた。
そういう場所を知る為に、休みになると一人して自然に分け入っていた。
ある時、俺は山深い場所で県道から林道への入り口を探していた。
林道は一向に見当たらず、やがて谷合に小さな川が見えた。
・・・が、地図上に川は無い。
地図上の地形を見ても、川は近くに無いはずだ。
つまり、迷った。
まあ、よくあることだ。
林道探しに戻っても良かったが、小川に何となく興味が沸いた。
山歩き用の靴に履き替え、下り口らしき所から川原に降りてみた。
わりと水量はある澄んだ水だ。
チラリと魚の影が過(よ)ぎる。
上流に淵らしき広がりが見えたので行ってみると、いるいる!凄い数の魚影だ。
また凄い場所を発見した感慨に浸っていると、さらに上流から重々しい音が響いてくることに気付いた。
やった!滝だ!
興奮しながら沢を登り始め、10分程で割合大きな滝が見えてきた。
落差10メートル程で水量も見事。
滝つぼ周りは広い河原になっていて、キャンプにも最高だ。
恐らくここは「○○山の南西か」等と考えながら、ふと滝を見上げると人が居た。
滝の上から人が身を乗り出して下を見ている。
修験者の様な白い服に長い髪、年齢や性別はよく分からなかった。
※修験者(しゅげんしゃ)
山へ籠もって厳しい修行を行うことにより、悟りを得ることを目的とする者。
突然、その人が滝から落ちた。
俺は驚いて滝に駆け寄ろうとしたが、その時、誰かにガッシリと右肩を掴まれた。
驚いて右を見ると、大きな体格をした爺さんが俺の肩を掴んでいた。
「動くな」
爺さんはそれだけを言った。
その目は滝の上をじっと見つめていた。
俺もその視線を追って再び滝の上を見上げると、なんと、また修験者が居た。
しばらく下を見て、また滝つぼに飛び降りた。
恐ろしくなり、爺さんにこれは何だと聞こうとしたが、爺さんの姿は消えていた。
周囲を見回したが、誰も居なかった。
俺は恐怖で全身が震えた。
まだ日は高かったが、それでも恐ろしかった。
急いで踵を返して川を下った。
背後は一切振り返らずに・・・。
そしてこの出来事を機に、俺はアウトドアの趣味を捨てた。
(終)