決まった日に忽然と現れる履き物

 

これは、とある民宿で聞いた話。

 

そこは昭和の初めが創業という、小さいが歴史のある民宿。

 

その民宿には、創業当時から続く不可思議なことがあった。

 

それは、『毎年決まった日の早朝、玄関に見知らぬ履き物が二足並んで置かれている』というもの。

 

民宿なので、人の出入りは多々ある。

 

最初のうちは、夜中に宿泊客が酔って出入りしたのだろうと気に留めなかった。

 

しかし、その履き物は宿泊客のものでもなければ、従業員のものでもなかった。

 

民宿のどこにも、持ち主がいないのだ。

 

単なる忘れ物かもしれないが、前夜に玄関を見回りをした際には確かになかった。

 

朝になると忽然と現れるのだという。

 

しかも、履き物が現れる日は毎年決まっていた。

 

年に二回、同じ日の朝、まるで決まりごとのように出現するのだという。

 

現れる日がわかっているならと、前日に夜通し見張りをしたこともあった。

 

しかし、見張りがちょっと目を離した隙に、それこそ一瞬の隙をついて履き物は姿を現した。

 

何かの祟りかと、何件かの寺社や霊能力者にお祓いを依頼したものの、原因もわからなければその現象が止むこともなかった。

 

民宿の主人は最初のうちこそ躍起になって原因を突き止めようとしていたが、やがて疲れたのか呆れたのか、履き物が現れるに任せるようになったという。

 

履き物は現れるだけで悪さは全くしないのだから、あるのかもわからない原因を探すより、受け入れてしまった方が賢いのかもしれなかったから。

 

こうしてこの民宿では、今も決まった日に履き物が現れ続けているのだという。

 

「不思議な話ですねぇ」

 

私は、主人にそう言った。

 

彼はこの民宿の三代目で、子供の頃からその怪現象に出くわしているという。

 

「一体、いつその履き物は現れるんですか？」

 

私の問いに、主人はイヤイヤと首を横に振り、苦笑した後こう言った。

 

「残念ながら、それはお教えできません。うちも客商売ですからね。ただ、何かの記念日とか語呂合わせとか、因縁めいたものは全くわからない日にち、とだけ。

 

祖父も父もその日にちについて調べていましたが、一体どういったものなのかはさっぱりわからずじまいです。

 

僕に至っては、その日は履き物の日、くらいにしか思っていませんよ。本当に現れるだけで何にもしないんですから」

 

「その現れた履き物って、どうしているんですか？」

 

「昔は毎年お祓いをしてもらっていたそうですが、だんだん面倒になったんでしょうね。今では正月に古いお守りなんかと一緒に焼いてもらっていますよ。神社でやってもらっているから悪いことはないでしょう」

 

主人はそう言ってカラカラと豪快に笑い、話を続けた。

 

「感心するのはね、履き物がちゃんと時代をわかっていることですよ。祖父の代に出てくる履き物っていうのは、下駄や草履が多かったそうです。

 

今じゃハイヒールや革靴はもちろん、裏にモコモコが付いた流行りのブーツ、あれが出てきたこともありましたからね。狐狸の類か幽霊かは知りませんが、研究熱心なことです」

 

そんな話に、モコモコブーツの正式名称がわからない私も大いに感心したのだった。

 

（終）