友人から借りた漫画
大学2年になってすぐの、ゴールデンウィーク前のよく晴れた日のことだったと思う。
午後の講義のために大教室へ入ると、友人のAが一番後ろの隅の席に座っていた。
相変わらず授業を真面目に受ける気がない奴だと思った。
私が声をかけると、顔を上げて「おう」とだけ言って、また元のように机に向かった。
何か読んでいるらしい。
覗き込んでみると、どうやら漫画のようだった。
「何それ?」そう私が訊くと、「岩田くんの冒険」と、ぶっきらぼうに言った。
人気の少年マンガだった。
「面白い?」
「愚問だ。中毒になるぞ」
「ふーん」
そんなに面白いものなのだろうか。
「もうすぐ読み終わるから貸してやるよ」
講義の後、私は「岩田くんの冒険」の第1巻を借り、大学の近くの土手に向かった。
迫り来る巨人の手の平
草っぱらに寝っ転がると、通る風が心地よい。
そのままウトウトしかけたが、学校でAに借りた漫画のことを思い出し、カバンから取り出して読み始めた。
内容は、林間学校で四国の山へ出掛けた小学生たちのうちの一人が、オリエンテーリング中に道に迷って山中の閉ざされた秘境の集落に入り込んでしまい、そこから出ることが出来なくなるというものだ。
その少年が岩田くんで、秘境の人々と一緒に暮らして友情を深めるという筋のようだ。
そして、岩田くんが秘境の人々と山から降りてきた巨人と戦い始めるシーンで1巻は終わっていた。
これは人気が出るのも分かるな、などと考えながら目を瞑っていると、急に周囲が暗くなった気がした。
不思議に思って目を開けると、ビルと同じぐらいの大きさの巨人がそこにいた。
一瞬、何が起こったのか分からなかった。
巨人はトラックほどもある巨大な手の平を、私目がけて打ち下ろしてきた。
私は必死に転がるように逃げた。
巨人は追って来て、なおも私を捕まえようとする。
その手の平と指の大きさは、指紋が木目のように波打つのがはっきりと見えるくらいだ。
息が上って動けなくなった私の頭上に、手の平が落下するように迫り、頭に触れた感じがした瞬間、目が覚めた。
全身に汗をかいていた。
変わらず春らしい風が吹いていた。
すぐ横には「岩田君の冒険」があった。
どうやら、読み終わってそのまま眠ってしまったようだ。
夢にしては妙にリアルで迫力があった。
実際、心臓が尋常ではない早さで脈を打っている。
それに、喉が異常に渇いていた。
水を飲もうと立ち上がろうとしたら、何か違和感のあるものが視界の隅に入った。
目を凝らして見てみると、カバンに野菜くずのような赤黒いものがこびり付いている。
潰れたてんとう虫だった。
とっさに手の平を見た。
おそらくてんとう虫の体液だろう、緑とドブ色の液体が混ざり合って付いている。
「さっきの夢は・・・」
私は岩田くんではなく、てんとう虫だったのだ。
(終)