一足先に挨拶に来たんかねぇ
これは、俺が大学2年生だった頃の話。
その日は学校帰りに友達と飲んで、終電ギリギリで自宅の最寄駅に到着した。
駅から自宅まではさらに徒歩で30分という片田舎だが、無事に誰もいない自宅に着いた。
兄は結婚して家を出ていて、両親は明日まで旅行で不在中だ。
俺はリビングの電気をつけて歯を磨いていたら、なんだかソファが気になった。
あの時の感じ
我が家の習慣なのか、家族のみんなが風呂上がりのバスタオルはソファや椅子に広げて掛けて乾かしておくようになっているのだが、ソファに掛けてあるバスタオルがこんもりと膨らんでいた。
その時は結構酔っていたが、じーっと見ていると、どうも小さい人間の形のような膨らみ方をしている。
「なんだこれ?」と思ってしばらく考えていたが、男兄弟だし、両親も人形を買うタイプではない。
その光景に、だんだんと妙に怖くなってきた。
俺は急いで歯磨きを終えて、2階の自室に行って寝る事にした。
翌朝、この日も講義があり、起きてそのまま大学に行こうとしたが、ふと昨夜を思い出してソファを見ると、変わらずバスタオルの下に何かいるような感じで膨らんでいた。
ただ、昨夜は人間の形のように見えたが、そうでもない感じだった。
時間が無かったので、「まぁいいや」と思ってそのまま外出した。
その後、そんな事があったのもすっかり忘れていた。
しばらく経った頃、兄が嫁さんと遊びに来た時に、色々と手土産を持ってきた。
デジタルの写真立て、花、ぬいぐるみ等、「母の誕生日が近いので」という事だった。
そして、兄夫婦が帰った後にリビングでテレビを見ていると、手土産の中に『熊のぬいぐるみ』があったのを思い出した。
「あれ?どこかで・・・」。
そう思って熊のぬいぐるみをソファに座らせてみると、あの時の感じとピッタリ合ったのだ。
さらに上からバスタオルを被せてみると、妙に納得した。
「あの時の熊か?」。
ただ、ぬいぐるみ片手に一人で遊んでいたら両親に変な顔をされたが。
もしかすると、あの夜に一足先に挨拶に来たんかねぇ?
(終)