緑ヶ淵 1/2

街を南北に等分する川。

 

その川を少し遡った、中流域と上流域の、

ちょうど境目あたり。

 

緩やかにカーブを描く流れの外側に一箇所、

岸がえぐれて丸く窪んでいる場所がある。

 

そこは、緑ヶ淵と呼ばれていた。

 

田舎の子供たちにとって、夏の間の川は

市営プールと同義だが、

 

緑ヶ淵は入ると急に深くなる上に、

中では流れが渦を巻いているらしく、

 

毎年、淵の周辺は遊泳禁止区域に

指定されていた。

 

しかし、川の外からでは渦は見えず、

飛び込むのにちょうどいい大岩もあってか、

 

緑ヶ淵はごく稀に、

 

危機感の無い者や、

反抗心の使い方を間違えている若者たちの

度胸試しの場にもなっていた。

 

地元の人間は、緑ヶ淵で溺れて死ぬことを

『呑まれる』と、表現する。

 

父が消防署に勤めていたので、

私もじかに聞いたことがある。

 

『緑ヶ淵が、また人を呑んだ』

 

私が中学一年生だった頃の話だ。

 

九月中旬、

暦の上ではとっくに秋だ。

 

もう夏休みボケは抜けたものの、

日差しも気温もまだ十分に暑かった。

 

その日は学校が休みで、

部活も入っておらず勉強熱心でもない私は、

 

朝から一人の友人を誘って、

緑ヶ淵に向かって自転車を漕いでいた。

 

小さな頃から海,川,野山を駆けずり回って

育ってきた私にとって、

 

片道一時間半なんて、

ちょっとした散歩のようなものだ。

 

ただ付き合ってくれた友人には、

「川に釣りに行こうぜ」としか言っておらず、

 

こんなに遠出するとは、

思っていなかったのだろう。

 

しかも、川沿いの道を

上流に向かって遡っているので、

ゆるい上り坂がずっと続く。

 

緑ヶ淵に到着した時、

友人は既に青色吐息だった。

 

彼は、くらげ。

もちろん、あだ名だ。

 

何でも、彼の家の風呂には、

くらげが沸くらしい。

 

『自称、見えるヒト』というわけだが、

その中でも、見えるモノが一風変わっている。

 

加えて、見た目もくらげのように青白い。

私は逆に真っ黒だ。

 

先に、対岸の川原で、

そこら辺の石をひっくり返し、

ケラの幼虫やら餌に使う虫を集める。

 

ミミズも持って来ていたのだが、

その土地で取れる餌が一番釣れる、

というのが私の持論だ。

 

くらげは、先に緑ヶ淵の傍にある、

飛び込み台としても使われる大岩の上に座って、

川の流れをじっと眺めていた。

 

ちなみに、彼は釣りはやらない。

 

ただ、水のある風景は好きなようで、

海だろうが川だろうが、何時間でも

飽きずに眺め続けられるそうだ。

 

餌を集め終えた私は、

くらげの上へと向かう。

 

自転車を止め、

ガードレールを跨ぐ。

 

大岩の上。

 

真上から覗く緑ヶ淵は、名前の通り、

周りの流れよりも一層濃い色をしている。

 

「・・・飛び込まないでよ」

 

隣のくらげが小さく呟いた。

 

『落ちないでよ』では無く、

『飛び込まないでよ』であるあたり、

 

彼とは小学校六年生からの付き合いだが、

そろそろ私のことを分かってきた証拠だ。

 

「心配すんな。

今日は水着持って来てねぇから」

 

彼が私を見る。

 

彼は基本無表情だが、

『そういう意味で言ったんじゃないんだけど』

と、その目が言っている。

 

「冗談だって」と私が言うと、

小さくため息のようなものを吐いた。

 

「・・・何だか、脳の血管に出来た、

静脈瘤みたいだ」

 

緑ヶ淵について、くらげが、

何だかよく分かるようでよく分からない

微妙な例え方をした。

 

「気をつけろよ。落ちたら、

浮かんで来れないからな」

 

ちなみに、釣りをする際、

私はあまり目的の魚を一匹に

絞ることをしないのだが、

今回は少しだけ事情が違った。

 

くらげの隣に座り、

釣り道具を広げる。

 

大岩から水面までは三メートル強、

といったところだ。

 

針に餌を付けて、

淵の真ん中を目掛けて、

のべ竿を振る。

 

『緑ヶ淵には、

何かが潜んでいるのではないか』

 

とは、私の父から聞いた話だ。

 

子供を怖がらせようとした

作り話かもしれないが、

 

それが私が今日ここに来ようと決めた、

理由でもあった。

 

「ここで溺れると、

死体も上がらないんだってよ」

 

すると、くらげがちらりと私を見て、

「ふーん」と言った。

 

ここまで来るのに相当疲れたのか、

少し眠たそうな顔をしている。

 

『緑ヶ淵に呑まれる』という言葉は

ただの比喩ではなく、

 

実際に緑ヶ淵での死亡事故では、

遺体が上がらないことが多いそうだ。

 

雨や台風で増水した場合は別にして、

川の水難事故で遺体が上がらない

といった状況は、そうそうあることではない。

 

何度か捜索に駆り出されたことがある

うちの父親は、

 

『巨大人喰いナマズでも居るんじゃないか』

と冗談半分に言っていた。

 

くらげが空に向かって欠伸をしている。

 

まさか、

『今日は人喰いナマズを釣りに来たのだ』

とは、さすがの私でも口に出来ない。

 

(続く)緑ヶ淵 2/2へ

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