家鳴り 3/3

ランプ

 

心細くなってきた頃、

 

ようやく師匠が小脇になにかを

抱えるようにして戻ってきた。

 

テーブルの真ん中にそれを置き、

ランプをかざした。

 

絵だった。

 

それも、

 

見た瞬間、理由も分からないまま

鳥肌が立つような、

 

本能に直接届く、

気味の悪い絵だった。

 

なぜこんな絵が怖いのかわからない。

 

キャンパス一面の黒地にただ一点、

 

真ん中から少しずれたあたりに、

黄色い染みのような色がぽつんと置いてある。

 

そんな絵だった。

 

「この家の元の所有者はね、

洋画家だったんだ」

 

それも、

晩年に気の触れた画家だった。

 

師匠は呟くように言う。

 

「自分の描いた絵を見て、

 

『誰か、中に、いた』

 

と言って怯える、

そんな人だったらしい。

 

この絵も、

自分で描いておきながら、

 

『これはなんの絵だろう』

 

と言ったかと思うと、

 

そのまま何週間も何ヶ月も

考え込んでいたそうだ」

 

バキッ、

と壁が泣いた。

 

心なしか、

家鳴りが大きくなった気がする。

 

「食事もほとんどとらずに、

 

げっそりと痩せこけながら

この絵を睨み続けていたある日、

 

ふいに頭をあげた彼は、

 

きょとんとした顔で

家族にこう言ったそうだ。

 

『わかった。これは』」

 

バシン・・・ミシ・・・ミシ・・・

 

まるで師匠の言葉を邪魔するように、

軋む音が続く。

 

「その4日後に、

彼は家族の前から姿を消した。

 

『地下室にいる』

 

という書置きを残して。

 

家族は家中を探した。

 

けれど、

彼は見つからなかった。

 

それから、

 

普通失踪の7年間が過ぎるのを待って

失踪宣告を受け、

 

彼は死んだものと見なされて、

 

この土地と家屋は残された家族によって

売り払われた。

 

それを買った物好きは、

この家に伝わる逸話が気に入ったらしい。

 

『地下室にいる』

 

というこの言葉に金を出したようなものだ、

と言っていたよ。

 

僕はその物好きと知り合って、

この家を借りた。

 

まあ、半ば共同の物置のように

使っている」

 

だけどね、

と師匠は続けた。

 

その一瞬の間に、

誰かが天井を叩くような音が挟まる。

 

「だけどね、

この絵ももちろんそうだけど、

 

たとえばこの部屋を取り囲むモノたちは、

すべてその洋画家の収集物なんだ。

 

彼は画家であり、

また狂ったオカルティストでもあった。

 

彼のコレクションは

ついに家族には理解されず、

 

家に付随する形で、

二束三文で売られてしまった。

 

その柱時計もその一つだ。

 

なにか戦争にまつわる

奇怪な逸話があるそうだが、

 

詳しくはわからない」

 

師匠の声を追いかけるように、

家鳴りは次第に大きくなっていくようだ。

 

「僕自身の収集品は、

鍵の掛かる地下室に置いてある。

 

彼が『地下室にいる』と書き残した、

その地下室に。

 

僕もその言葉が好きだ。

 

なんだか撫でられるような

気持ちの悪さがないか?

 

『地下室にいる』

 

という、

ここに省略された主語が、

 

『わたしは』

 

でなかったとしたらどうだろう」

 

バキン・・・と、

床のあたりから音が聞こえた。

 

いや、

 

おそらく俺がそちらに意識を集中したから、

そう思われただけなのかも知れない。

 

「僕は、まだいるような気がするんだ」

 

師匠は目を泳がせて笑った。

 

「彼か、あるいは、

彼ではない別のなにかが。

 

この家の地下室に。

 

少なくともこの家の中に・・・」

 

その声は乾いた闇に吸い込まれるように

フェードアウトしていき、

 

どこからともなく響いてくる

金属的な軋みが絡み付いて、

 

俺の背中を虫が這うような

悪寒が走るのだった。

 

再び、

その暗い絵に視線が奪われる。

 

そして、

言わずにはいられないのだった。

 

「あなたにはわかったんですか」

 

と。

 

ボキン、ボキンと、

 

骨をへし折るような空恐ろしい音が

どこからともなく聞こえる中、

 

師匠はすうっと、

表情を能面のように落ち着ける。

 

※空恐ろしい(そらおそろしい)

言いようのない不安を感じて怖い。

 

「わからない」

 

たっぷり時間をかけて、

それだけを言った。

 

夜明けを待たずに、

俺たちはその家を出た。

 

結局、

師匠の秘蔵品は拝まなかった。

 

とてもその勇気はなかった。

 

「いいです」

 

と言って両手を振る俺に、

師匠は笑っていた。

 

のちに師匠の行方がわからなくなってから、

俺はあの家の家主を見つけ出した。

 

1万1000円で家を貸していた人だ。

 

店子がいなくなったことに、

興味はない様子だった。

 

「なくなった物も、

置いていった物もないし、

 

別に・・・」

 

と、その人は言った。

 

それを聞いて俺は単純に、

 

師匠は自分の収集品を処分してから

消えたのだと考えていた。

 

ところが、

その人は言うのである。

 

「ぼくがあの家を買い取った理由?

 

それは何と言っても

『地下室にいる』っていう、

 

興味深い書置きだね。

 

だって、

 

あの家には地下室なんて

ないんだから」

 

結論から言うと、

 

僕はその家をもう一度、

訪ねることはしなかった。

 

何年かしてある機会に立ち寄ると

更地になっていたので、

 

もう永久に無理なのであるが。

 

この不可解な話には、

いくつかの合理的解釈がある。

 

地下室があるのに、

ないと言った嘘。

 

地下室がないのに、

あると言った嘘。

 

そして、『地下室にいる』

と書いた嘘。

 

どれが真っ当な答えなのかは

わからない。

 

ただ、

深夜に一人でいる時、

 

部屋のどこからともなく

木の軋むような音が聞こえてくる度、

 

古めかしい美術品に囲まれた

部屋のランプの仄明かりの中で、

 

師匠と語らった不思議な時間を思い出す。

 

※仄明かり(ほのあかり)

ほのかな明かり。

 

(終)

次の話・・・「10円 1/2

原作者ウニさんのページ(pixiv)

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