怪物 「結」-上巻 1/5

自転車に乗る女子高生

前回の話・・・「怪物 「転」 1/5

その日の放課後、

私は3年生の教室へ向かった。

 

ポルターガイスト現象の本を貸してくれた

先輩に会うためだ。

 

廊下で名前を出して聞いてみると、

すぐに教室は分かった。

 

先輩は私の顔を見るなり、

オッ、という顔をして手招きをしたが、

 

席まで行くとすぐに

両手を顔の前で合わせて謝る。

 

「ゴメン。

今日はこれから部活なんだ」

 

「剣道は止めたんじゃなかったんですか」

 

と聞くと、

 

「文科け~い」

 

と言って、

トランペットを吹く真似をする。

 

吹奏楽部かなにからしい。

 

「一つだけ教えてください」

 

そう言う私に、

 

「ま、座りなさい」

 

と、近くの席から椅子を引っ張ってくる。

 

その周りでは帰り支度をする生徒たちが、

私を物珍しそうに横目で見ている。

 

多少は時間を取ってくれるようなので、

順序立てて聞くことにする。

 

「先輩の家で起こった

ポルターガイスト現象は、

 

イタズラでしたか?」

 

先輩は目を丸くしてから笑う。

 

「いきなりだな。

 

でも違うよ。

私だって驚いてた。

 

ホントに目の前で、

花が宙に浮かんだりしたんだ」

 

「じゃあ原因はなんですか?」

 

「・・・あの本もう読んだんだ?

私に聞くってことは」

 

頷く。

 

「まあ、知ってると思うけど、

 

あたしの家って

両親が仲良くないワケよ。

 

今も別居してるし。

 

そんで小学4年生の頃って、

一番バチバチやり合ってた時期なのよ。

 

家の中でも、

顔合わせれば喧嘩ばっかり。

 

子どもの目の前で、

酷い口論してたんだから。

 

まるであたしがそこに居ないみたいに」

 

私のイメージの中で、

シルエットの男と女がいがみ合っている。

 

そしてその傍らには10歳くらいの少女が、

怯えた表情で身体を縮ませている。

 

「超能力だか心霊現象だか知らないけど、

たぶん原因はあたしなんだろうと思う。

 

今となっては、だけど」

 

「じゃあ、

どうやってそれが収まったんですか」

 

「昨日、言わなかったっけ?

祈祷師が来たの。家に。

 

そんで、ウンジャラナンジャラ、

エイヤーってやったわけよ。

 

そしたら、

変なことはほとんどなくなったな」

 

「祈祷師がポルターガイストを

鎮めたんですか」

 

「・・・なんか意地悪になったね、

あなた。

 

分かってるクセに。

 

たぶん、満足したんだと思うよ。

あたしが。

 

『親がここまでやってくれた』って。

 

今でも覚えてるもん。

 

両親が二人とも、

 

祈祷師の後ろで必死になって

手を合わせて拝んでんの。

 

それで、お祈りが終わった後に

あたしの頭を抱いて、

 

『これで大丈夫だ』って

二人して言うの。

 

それであたしもなんだかホッとして、

 

ああこれで大丈夫なんだ、

って思った。

 

最初は二人ともラップ音とか、

お皿が割れたりしたこととか、

 

なんでもないことみたいに

無視してたのよ。

 

気味が悪いもんだから、

 

気のせいだ、見てない、

聞いてないってね。

 

それをきっとその頃のあたしは、

自分を無視されたみたいに感じてたのね。

 

だから余計に

酷くなっていったんだと思う」

 

結局、思春期の子どもが起こす

イタズラと同じなのだ、

 

と私は思った。

 

自分を見て欲しくて、

構って欲しくて、

 

とんでもないことをしでかすのだ。

 

それで怒られることが分かっていながら、

しないではいられない。

 

それはアイデンティティの芽生えと、

深く関係している部分だからなのだろう。

 

※アイデンティティ

昨日の自分と今日の自分、そして明日の自分。すべてそれは変わることがない。自分という人間は、昨日も、今日も、明日も、自分という人間なのである。ということがアイデンティティの意味するところ。

 

自分が自分であるために、

身近な他者の視線が必要なのだ。

 

「どうしてこんなことが気になるの」

 

先輩の目が私の目に向いている。

 

先輩もこの街を騒がせている、

怪現象の噂くらい聞いているだろう。

 

それが、

 

たった一人の人間が焦点となっている

ポルターガイスト現象なのだ、

 

と聞かされたら笑うだろうか。

 

私はそれに答えないまま、

別のことを言った。

 

「先輩が見たっていう怖い夢は、

もしかしてお母さんを殺す夢ですか」

 

空気が変わった。

 

おっとりとして優しげだった目元が

険しくなる。

 

「どうして知ってるの」

 

その迫力に呑まれそうになりながら、

私は言葉を繋ぐ。

 

「先輩が言っていた『ありえない夢』って、

 

別居していて居ないはずのお母さんを、

家の玄関で刺し殺す夢だったんでしょう」

 

ガタン、と椅子が鳴って、

先輩が立ち上がる。

 

「あなた、占いが好きとか言ってたわね。

そんなこと、勝手に占ったの?」

 

しまった。

 

怒らせた。

 

ポルターガイスト現象の焦点と

なったことのある人間に、

 

あの夢はどう映ったのか。

 

それを聞いてみたかっただけなのだ。

 

そこに何かヒントが隠されていると思って。

 

けれど先輩は私の言葉を完全に誤解し、

修正が効きそうにない雰囲気だ。

 

いや、誤解ではないのだろう。

 

他人に触れられたくない部分を、

土足で踏みにじったのは事実なのだから。

 

「ごめんなさい」

 

私は深々と頭を下げる。

 

「もういいでしょう。

部活、行くから」

 

先輩のその言葉に、

私は引き下がらざるを得なかった。

 

知らない人ばかりの3年生の教室の廊下を、

俯いて帰る。

 

足が重い。

 

『今度、ちゃんと謝らなきゃ』

 

と思う。

 

そういえば、

占いなんて暫くしていないことに気がつく。

 

間崎京子はどうやって、

真相に近づいたのだろう。

 

またタロット占いでもしたのだろうか?

 

それとも、

 

私のように目と耳を使って情報を集め、

推理を重ねていったのか。

 

5時間目の休み時間に教室を覗いてみたが、

あいつは席にいなかった。

 

朝、廊下ですれ違ったので、

多分また早退だろう。

 

そういえばすれ違い様に、

 

『母親を殺す夢を見たか』

と問い掛けた時、

 

あいつは『見てない』と言った。

 

遅刻しそうだったので、

去っていく後ろ姿を引き止めはしなかったが、

 

あれは本当だったのだろうか。

 

確かにあいつの家は、

地図上のオレンジの円の端の方にあり、

 

まだ見た夢を思い出せない人たちを表す、

緑色の点が存在するエリアの中なのではあったが、

 

この不思議な現象が、

 

単に距離によるアンテナの精度だけに

依存している訳ではないのは明らかだ。

 

1年生のフロアに戻った私は、

 

まだ帰宅せず残っている

他のクラスの生徒たちから

 

出来るだけの情報を得る。

 

そして地図を蛍光ペンで埋めていった。

 

やはりだ。

 

赤、青、緑という夢に関する3つの色は、

 

バームクーヘンのように

はっきりエリアで別れているけれど、

 

中にはオレンジの円の外周にあたる

緑のエリアの中に、

 

ぽつりと青い点があったり、

青のエリアに赤い点があったりしている。

 

そういう子に追加取材を試みると、

 

いずれも霊的な体験をよくするという

言質が取れた。

 

※言質(げんしつ)

交渉事などで,後で証拠となるような言葉を相手から引き出す。

 

この私自身、

木曜日に初めて見た夢を覚えていたのに、

 

住んでいる家は、

 

金曜日を表す青い点のある

半径エリアにあるのだ。

 

おそらく直感だか霊感だかの

イレギュラー的な個人の能力も、

 

ここには影響している。

 

それを踏まえて考える。

 

あの間崎京子が、

 

まだ夢を思い出せない緑の点のひとつなどで

収まっているものだろうか。

 

分からない。

 

あの女独特の“得体の知れない感じ”の

バックボーンがなんなのか、

 

私にはまだ分からないのだから。

 

※バックボーン

思想・信条などの背景にあり、それを成り立たせている考え方。精神的支柱。

 

(続く)怪物 「結」-上巻 2/5

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