怪物 「結」-上巻 4/5

自転車に乗る女子高生

 

それは今日かも知れないし、

明日かも知れない。

 

夢を見ている少女が、

母親を殺すことを決めた日に、

 

私たちはその殺意に囚われて、

 

己の母親にその刃を向けることに

なるのかも知れない。

 

どうしたらいい?

どうすればいいんだ?

 

自らに繰り返し問い掛けながら、

私は家に帰った。

 

するべきことが見つからない。

 

けれど今動かなかったら、

 

取り返しのつかないことに

なるかも知れない。

 

どうすればいいのか。

 

するべきことが見つからない。

 

巡る思考を持て余して、

どういう道順で帰ったのかも定かではない。

 

兎にも角にも帰り着き、

 

玄関からコソコソと入ると、

母親に見つかった。

 

「どこ行ってたの。

もう知らないから勝手に食べなさい」

 

台所にはラップで包まれた料理が

置かれている。

 

食欲は無かったが、

無理やりにでもお腹に詰め込んだ。

 

体力こそが気力の源だ。

 

あまり良くない頭にも、

栄養を少しだけでも回さないといけない。

 

食べ終わってお風呂に入る。

 

今日は学校が終わってから、

休む暇がないほど駆け回っていた。

 

それも、

夏日のうだるような暑さの中を。

 

それでも湯船に浸かることはせず、

ほとんど行水で汗だけを流して早々に上がる。

 

次に入る妹と脱衣場ですれ違った時、

 

「お姉ちゃん、お風呂出るの早っ。

乙女じゃな~い」

 

と、からかわれた。

 

一発頭をどついてから、

自分の部屋に戻る。

 

ドアを閉め、

 

机の引き出しに入れてあった、

愛用のタロットカードを取り出す。

 

それを手にしたまま、

じっと考える。

 

時計の音がチッチッチッ、

と部屋に響く。

 

濡れた髪がピタリと頬にくっ付く。

 

駄目だな。

 

私ごときの占いが通用する状況ではない。

 

もっと早い段階ならば、

 

この事態に至るまでにするべきことの

指針にはなったかも知れないけれど。

 

今必要なのは、

 

エキドナを、

母親に殺意を抱く少女を、

 

探し出すための具体的な方法だ。

 

あるいは、

 

探し出さずとも、

この事態を解決するだけの“力”だ。

 

私は机の上に放り投げた鞄から、

同級生の住所録を取り出す。

 

今日の昼間、

 

カラフルな地図を完成させるのに

活躍した資料だ。

 

パラパラと頁を捲り、

間崎京子の連絡先を探し当てる。

 

そこに書いてある電話番号を

メモしてから部屋を出て、

 

階段を降りてから、

1階の廊下に置いてある電話に向かう。

 

良かった。

 

誰もいない。

 

居間の方からは、

テレビの音が漏れてきている。

 

メモに書かれた番号を押して、

コール音を数える。

 

ひとつ、ふたつ、みっつ、よっつ・・・

 

『はい』

 

ななつめかやっつめで相手が出た。

 

聞き覚えのある声だ。

 

ホッとする。

 

良かった。

 

家族が出たらどうしようかと思っていた。

 

それどころか、

 

使用人のような人が電話口に

出ることさえ想定して、

 

緊張していたのだ。

 

彼女の妙に気どった喋り方などから、

前近代的なお屋敷のような家を想像していた。

 

※前近代的(ぜんきんだいてき)

やり方などが一時代前のもので、合理性に欠けるさま。

 

そんな家には、

 

きっと彼女のことを『お嬢様』などと呼ぶ、

使用人がいるに違いないのだ。

 

だがひとまず、

その想像は脇に置くことにする。

 

「あの、私、ヤマナカだけど。

同じ学年の」

 

少しどもりながら、

 

あまり親しくもないのに

いきなり電話してしまったことを詫びる。

 

電話口の向こうの間崎京子は

平然とした声で、

 

気にしなくて良い、

電話してくれて嬉しい、

 

という旨の言葉を綺麗な発音で告げる。

 

どう切り出そうか迷っていると、

彼女はこう言った。

 

『エキドナを探したいのね』

 

ドキッとする。

 

私のイメージの中で、

間崎京子は何度もその単語を口にしていたが、

 

現実に耳にするのは初めてだった。

 

ギリシャ神話の怪物たちの名前を挙げて、

共通点を探せと言った彼女の謎掛けが、

 

本当にこの街に起こりつつある

怪現象を理解した上で、

 

それを端的に表現したものだったのだと、

私は改めて確信する。

 

一体この女は、

何をどこまで掴んでいるのか。

 

母親を殺す夢を見ていないというその彼女が、

 

何故あんなに早い時点で、

街を騒がせている怪現象が、

 

たった一人の人間によって起こされている

のだと推理出来たのか。

 

私のように、

 

あちこちを駆けずり回っている

様子もないのに、

 

怪現象の正体を、

 

恐ろしく強大なポルターガイスト現象

だと見抜いた上で、

 

『ファフロツキーズ』

 

という言葉に振り回されるな、

などという忠告を私にしている。

 

どうしてこんなにまで事態を

把握出来ているのだろう。

 

「・・・そうだ。

 

これから何が起こるのか、

おまえなら知っているだろう。

 

それを止めたい。

力を貸してくれ」

 

『なにが起こるの?』

 

間崎京子は澄ました声で、

そう問い掛けてくる。

 

私は儀式的なものと割り切って、

 

今日一日で私がしたこと、

そして知ったことを話して聞かせた。

 

『そんなことがあったの』

 

面白そうにそう言った後、

彼女の呼吸音が急に乱れる。

 

受話器から口を離した気配がして、

 

そのすぐ後にコン、コン、

と咳き込む微かな音が聞こえた。

 

「どうした」

 

私の呼び掛けに、

 

少しして『大丈夫。ちょっとね』

という返事が返って来る。

 

今更ながら、

 

彼女が病欠や早退の多い生徒

だったことを思い出す。

 

彼女は私よりも背が高いけれど、

 

線が細く、

透き通るようなその白い肌も含め、

 

一見して病弱そうなイメージを

抱かせるような容姿をしている。

 

そう言えば、

今日も早引けをしていたな。

 

そう思った時、

 

つい先ほどの、

駆けずり回っている様子もないのに、

 

どうしてこんなに事態の真相を掴んでいるのか、

という疑問がもう一度浮き上がってくる。

 

もし。

 

もし、だ。

 

もし彼女の病欠や体調が悪いから

という理由の早退が、

 

すべて嘘だとしたならば。

 

彼女には十分な時間がある。

 

水曜日に昼前からエスケープした以外は

真面目に授業に出ていた私以上に、

 

(授業を受ける態度はともかくとして)

 

彼女にはこの街で起こりつつあることを、

調べる時間があったのかも知れないのだ。

 

もしそうだとしたならば、

 

今のまるで同情を誘うような咳は、

逆に私の中に猜疑心を芽生えさせただけだ。

 

※猜疑心(さいぎしん)

相手の行為などを疑ったり妬んだりする気持ち。

 

だが分からない。

 

すべては憶測だ。

 

けれど少なくとも、

 

この女に気を許してはいけない

ということだけは、

 

もう一度肝に銘じることが出来た。

 

「エキドナを探したい。

知っていることをすべて話してくれ」

 

単刀直入に懇願した。

 

だがこれも駆け引きの一部だ。

 

彼女の一見意味不明な言動は

聞く者を戸惑わせるが、

 

その実、真理のある側面を語っている

ということがある。

 

短い付き合いだが、

それは良く分かっているつもりだ。

 

彼女は無意味な嘘をつかない。

 

嘘をつくとしても、

それは真実の裏地に沿って出る言葉なのだ。

 

意味は必ずある。

 

それを逃さないように聞き取れば良いのだ。

 

『・・・探してどうするの』

 

止めたい。

 

電話の冒頭で口にしたその言葉を

もう一度繰り返そうとして、

 

本当にそうだろうかと自分に問い掛け、

 

そして、胸の内側から現れた、

別の言葉を紡ぐ。

 

「見つけたい」

 

『それは探すことと同義ではないの』

 

「言葉遊びのつもりはない。

ただ、本当にそう思っただけだ」

 

『面白いわね、あなた』

 

それから僅かな沈黙。

 

電話のある静かな廊下とは対照的に、

 

居間の方からは相変わらずテレビの音が

流れて来ている。

 

(続く)怪物 「結」-上巻 5/5

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