怪物 「結」-上巻 3/5

自転車に乗る女子高生

 

日が暮れた頃。

 

私は疲れ果てて、

コンクリート塀に背中をもたれさせていた。

 

駄目だ。

 

なんの手掛かりも得られなかった。

 

範囲が広すぎて、

どこまで回っていいのかも分からない。

 

慣れないことをしているせいか、

身体が少し熱っぽくなってる気もする。

 

もう帰ろ。

 

そう呟いて、

ヨロヨロと立ち上がる。

 

自転車のハンドルを握りながら、

 

なにか別のアプローチを考えないと

いけないと思う。

 

どんな方法があるのか、

全く名案が浮かばないままで、

 

疲れた足を叱咤しながらペダルを漕ぐ。

 

※叱咤(しった)

励まし、元気づけること。

 

帰り道。

 

日の落ちた住宅街に、

パトカーの赤い光が見えた。

 

引き抜かれた電信柱のある辺りだ。

 

ふと、

 

この数日の間に街で起こった

おかしな出来事を、

 

警察は把握しているのだろうか、

と考えた。

 

電信柱や並木が引き抜かれた事件は、

明らかに器物損壊だろう。

 

当然、犯人を捜しているはずだ。

 

もし私が、

 

自分の知っている情報をすべて

警察に伝えたらどうなるだろう。

 

聞き込みのプロである彼らが、

 

人海戦術であの円の中心の

住宅街を回ったならば、

 

恐らく半日とかからずに

エキドナを見つけ出せるはずだ。

 

母親に殺意を抱く少女を。

 

でも駄目だ。

 

警察はこんなことを信じない。

 

取り合わない。

 

それだけは、はっきりと分かる。

 

私だって信じられないのだから。

 

街中のすべての怪現象が、

 

たった一人の少女によって

引き起こされているなんて。

 

パトカーの赤色灯と

野次馬たちのざわめきを尻目に、

 

私はその道を避けて、

少し遠回りしながら帰路に着いた。

 

家に着くと、

母親が「ご飯は?」と聞いてきた。

 

心身ともに疲れているせいか食欲が湧かず、

制服を脱ぎながら「あとで」と返事をする。

 

なにか小言を言われたが、

適当に聞き流した。

 

まともに応対したくない気分だった。

 

些細な口喧嘩でも、

 

それがエスカレートすることを

恐れていたのかも知れない。

 

自分の部屋を見回しながら、

クッションに腰を下ろし溜息をつく。

 

小さなテーブルの上には、

 

水曜日に買った『世界の怪奇現象ファイル』

が伏せられている。

 

その周囲には、

 

昨日先輩に借りたポルターガイスト現象に

関連するオカルト雑誌の類が、

 

乱雑に転がっている。

 

そして、その横の本棚には、

 

中学時代に買い集めた占いに関する本が

所狭しと並んでいた。

 

勉強している形跡のない勉強机の上には

怪しげな石ころ・・・

 

なんて部屋だ。

 

我ながら、顔を手で覆いたくなる。

 

今時の女子高生の部屋としては

『惨状』とも言うべき有様を、

 

複雑な気持ちで眺めていると、

 

ふいにテーブルの下に

落ちている物に気がついた。

 

紙袋だ。

 

デパートの包装がしてある。

 

なんだっけ、と思いながら、

 

なんの気なしにそれを手に取り、

封をしているシールを剥がす。

 

中からは鋏(ハサミ)が出て来た。

 

緑色のありふれた鋏。

 

私はそれを見た瞬間、

 

氷で身体を締め付けられるような、

ジワジワとした不安感に襲われた。

 

なんだこれは?

 

鋏だ。

 

ただの鋏。

 

いつ買った?

 

そう、

あれは石の雨が降った水曜日。

 

デパートで『世界の怪奇現象ファイル』

を手に入れた時に一緒に買った物だ。

 

待て、おかしいぞ。

 

思い出せ。

 

そもそも、

 

私はデパートにその本を買いに

行ったのではない。

 

鋏を買いに行ったのだ。

 

石の雨の現場を見た後、

 

その近くの商店街の雑貨店で

売り切れていたので、

 

わざわざ足を伸ばして・・・

 

ドキンドキンと心臓が脈打つ。

 

“鋏を買わないといけない気がしていた”

 

その時は、確かに。

 

何故?

 

思い出せない。

 

その鋏を買って帰った日。

 

私はそんな物を買ったことも忘れて、

こうして放り出している。

 

要らない物を、

どうして買ったんだろう?

 

急に頭の中に、

夢の記憶がフラッシュバックし始めた。

 

夢の中で私は足音を聞く。

 

そして玄関に向かい、

背伸びをしてドアのチェーンを外す。

 

顔を出した母親の首筋に、

刃物を走らせる・・・

 

吐き気がして口元を押さえる。

 

刃物だ。

 

あの夢の中で、

自分が持っている刃物はなんだ?

 

もやもやして、

握っている感覚が思い出せない。

 

ただ、キラリと輝いた瞬間だけが

脳裏に焼きついている。

 

あれが鋏だったんじゃないのか。

 

最悪の想像が頭の中を駆け巡る。

 

夢の中で少女になった私は、

鋏で母親に切りつけた。

 

その“思い出せなかった”記憶が、

潜在意識の奥底で私の行動を縛り付け、

 

半ば無意識のうちに、

新しい鋏を購入させたのだろうか。

 

だとしたら・・・

 

私は立ち上がり、

鋏を手に部屋を飛び出して、

 

「ちょっと外、行く」

 

と、居間の方に一声叫んでから、

玄関を出た。

 

自転車に乗って駆け出す。

 

途中、通り過ぎたゴミ捨て場に

鋏を投げ捨てる。

 

「ちくしょう」

 

自分のバカさ加減に、

心底腹を立てていた。

 

外は暗い。

 

何時だ?

 

まだ店は開いている時間か?

 

気が逸ってペダルを踏み外しそうになる。

 

人気の少ない近くの商店街には、

まだポツリポツリと明かりが灯っていた。

 

自転車を止め、

 

子どもの頃からよく来ていた

雑貨屋に飛び込む。

 

息を切らしてやって来た私に、

驚いた顔で店のおばちゃんが近寄って来る。

 

「なにが要るの?」

 

その言葉に、

 

息を整えながらようやく私は

「はさみ」と言う。

 

すると、おばちゃんは

申し訳なさそうな顔になって、

 

「ごめんねぇ。

ちょうど売り切れてるのよ」

 

と言った。

 

想像していたこととはいえ、

ゾクリと鳥肌が立つ感覚に襲われる。

 

「誰か、大口で買ってったの?」

 

「ううん。

 

今週はぽつぽつ売れてて、

昨日在庫がなくなっちゃったから、

 

注文したとこ。

 

明日には入ると思うけど・・・」

 

どんな人が買っていったのかと聞いてみたが、

若者もいれば年配の人もいたそうだ。

 

「どうする?

明日来るなら取っとくけど」

 

と聞くおばちゃんに、

 

「いい。急ぎだから他を探してみる」

 

と言って店を出る。

 

少し足を伸ばし、

 

私は鋏を置いてそうな店を

片っ端から見て回った。

 

店仕舞いをした後の店もあったが、

閉じかけたシャッターから強引に潜り込み、

 

「鋏を探してるんですが」

 

と言った。

 

そのすべての店で、

同じ答えが返って来た。

 

『売れ切れ』と。

 

最後に私は、

 

一昨日の水曜日に鋏と本を買った

デパートに向かった。

 

閉店間際でまばらになった客の中を走り、

まだ開いている雑貨コーナーに飛び込む。

 

中ほどにあった日用品の棚には、

異様な光景が広がっていた。

 

ありとあらゆる日用雑貨が立ち並ぶ中、

 

格子状のラックの一部だけが

すっぽりと抜け落ちている。

 

カッターも、鉛筆も、定規も、消しゴムも、

修正液も、ステープルも、

 

コンパスでさえ複数品目が

取り揃えられているのに。

 

鋏だけがなかった。

 

ただのひとつも。

 

私はその棚の前に立ち尽し、

生唾を飲み込んでいた。

 

鋏が街から消えている!

 

いや、消えているのではない。

 

その懐の奥深くに隠されて、

使われる時をじっと待っているのだ。

 

(続く)怪物 「結」-上巻 4/5

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