誰も住んでいない家宛てに投函される封書
以前に仕事で聞いた事を書いてみる。
あまり詳しく書くと職責に触れるので、一部改変するためフィクションとして読んでほしい。
それは郵便配達の仕事をしていた頃、誰も住んでいない家宛てに一通の茶封筒が投函されていた。
大体は引越して来る時には、不動産屋や水道、電気関係の葉書が来るため、その茶封筒は前の住人のものだと思い、配達に使う原簿を確認して住んでいた人がいないかどうか調べてみた。
怪奇現象が頻発する家
住宅街の一角にある家だし、住人の出入りが激しいところではないのでそれまでは細かく見ていなかったが、いざ調べてみると4家族くらいが入転居を繰り返している。
期間も2番目以降はどれも3ヶ月や半年で引越している。
目当ての名前はすぐに見つかり、最初に住んでいた家族の世帯主だと分かった。
原簿を持って班長に、「転居につき還付をしたいので押印をお願いします」と頼んだところ、脇からベテランの爺さんがひょいと顔を出してきた。
爺「ありゃ、こりゃあダメだよケンちゃん(俺)。ここ今は誰も住んでないけど、この名前で来たらとりあえず配達してくれないけ?」
俺「えー?あそこポストにガムテープ貼ってありますよね?」
爺「ああ、裏から回って取り出し口から押し込んでくればいいよ。そういう決まりなんだ」
「そうなんですか?」と、班長に話を振ってみた。
班「いや、俺は知らないなぁ。返さないとまずいんじゃないの?」
爺「小林君(班長)は異動してきたばかりだからなぁ。前にこれ返したらさ、送り主がえらい剣幕で乗り込んできたんだよ。凄かったぞぉ。そこの机蹴っ飛ばして、「なんてことをしてくれたんだ!」って叫んでさぁ」
俺「どんだけっすか・・・」
爺「いや、本当だって。その人が言うのには、『その家にはその人が住んでる。それを決まった時期に送ってあげないと大変なことになるんだ!』って。もう凄いこと凄いこと。まぁあんな家だし、そういうもんなのかもしれねぇけどな」
そして、その家のことを詳しく聞かせてほしいと言ったところ、話が長くなるので仕事が終わってから酒でも飲みながら話そう、ということになった。
後処理を終えて、職場の先輩のご両親がやっている小料理屋に移動すると、ビールを一杯ひっかけてから顔を真っ赤にしながらゆっくりと話してくれた。
元々その家はバブル期に佐藤さんという人が購入した家だった。
佐藤さんはどこかの中小企業の社長さんをしていたようだったが、不景気の煽りを受けて会社が傾き、ある日に家族揃って失踪してしまった。
爺「督促状だの、特送が来てよぉ。裁判所からのやつなんぞ持っていくと、奥さんが疲れたような申し訳なさそうな顔をして、『またですか・・・』って言うんだよ。俺も長いことやってるけど、あの顔は忘れられねぇや。こっちが悪いことをしてるような気分になる」
その後に家は売りに出され、1年後には買い手がついた。
その家で奇妙な事が起こり出したのは、ちょうどその頃だった。
爺さんが書留を持ってその家に行った時、呼び鈴を押すと階段を下りて来るような音が聞こえた。
すぐに扉が開くと思いしばらく待ってみるが、一向に開く気配がない。
再度呼び鈴を押すと、確かに物音はするのだが返事はない。
シビレを切らした爺さんは、不在通知をポストに投げ入れて帰ったところ、翌日再配達の依頼が来た。
「昨日はお忙しかったようですね。何度も呼んだんですが聞こえなかったみたいで」
そう嫌味たらしく言うと、「昨日は日中は出かけていた。何度もご足労をかけて申し訳ない」と返事が返ってきた。
「あれ?昨日の昼間、誰か居たような物音がしたんですが・・・」
家の人は怪訝な顔をすると、「え?昨日は日中はずっと留守にしていましたよ?」と。
「そうですか?誰か2階から降りて来るような音と、中でバタバタと歩き回っているようでしたが・・・」
「うちは主人と二人暮らしですし、ペットも飼っていませんので」
気味が悪そうにそう告げるとパタンとドアを閉めてしまい、それから暫くして表札が外された。
それからも同じように引越して来る人はいたが、いずれもそう長くはおらず、あっという間に居なくなってしまった。
ご近所さんの間でも噂になり、爺さんが聞いたところによると、「家の者が留守にしているはずの時間帯に誰か居るような気配がする」、「回覧板を回しに行くと、音はすれども出て来ない」、「子供達が登下校時にその家をふと見ると、2階の窓から子供の人影が自分達を見ていた」等々。
他にも、風もないのに干してあった洗濯物が全て地面に落ちていたり、表札がいつの間にかに無くなってしまうことも度々あったようだ。
爺「一番最後にあの家に入った人が出て行った時、たまたま近所の人が居合わせて話しを聞いてみたんだと。するとなんて言ったと思う?」
最初は家具の位置が違っていたり、閉めたと思ったドアが開いていたり、気のせいかな?と思えるような事だった。
それが段々と酷くなり、何もないのに食器が落ちて割れる、急にガスコンロに火がつく、夜中に誰かが言い争っているような声がする・・・。
そして終には、「出て行け、出て行け」と何処からともなく声が聞こえてきたり、居るはずのない人の気配がしたりと不気味な事が続いてノイローゼになってしまったとの事。
爺「あの家の今の売値、600万だとよ。安いだろ?周りの1/3以下だ。そこまで下げても誰も寄って来ない。不動産屋も持て余してるんだよ。でもしょうがねぇよなぁ、あの家は佐藤さんの家なんだ。周りに追い詰められてよ、家まで追い出されたんだ。どこにも行くあてのない可哀想なホトケさんが、成仏できずにあそこには住んでるんだよ」
茶封筒の中の手紙にはどんなことが書かれているのかまでは分からないそうだが、半年に一度送って来るらしい。
配達した翌日に再度ポストを覗いてみると、DMの類は何年も前から残っているのに、その茶封筒だけが無くなっていた。
ちなみに、今もまだその物件は空いている。
(終)