とわとわさん 1/2
子供の頃からずっと、『とわとわさん』という存在を聞かされて育ってきた。
また、とわとわさんは、『何かをサボったり怠けた時にだけ見える存在』と言われてきた。
とわとわさんは昔から俺が住む地方にいる(匿われている)らしく、両親も度々お世話になったそうだ。
とわとわさんの特徴は、以下の通り。
・容姿は普通のおっさん
・何かを怠ける、サボる時にだけその人の前に現れる
・子供だけでなく大人も見える
・初めはのっぺらぼうだが、何度も会うようになると顔がだんだん現れる
小さい頃は本気で聞いていても、小3くらいになると急激にバカらしくなる。
でもちょうど小3の頃に、初めてとわとわさんを見てしまう。
とわとわさんは人間ではない?
確か、あの時は習字教室に行くのがめんどくさくなって、友達と一緒に遊んでいた。
そして家に帰ってみると、玄関のドアの前に誰かが立っていた。
郵便屋さん?セールス?と思ったが、明らかに服装がそんな感じではない。
隣の中西さんが訪ねて来たのかな?とも思ったが・・・。
あちらは俺の存在に気づいていないようなので、「おっちゃん、どうしたん?」と聞いたが、こちらの存在に気づくなり、その人は急いで逃げ出した。
「・・・え?」と呆然としたが、よく思い出してみると顔が真っ白だった気がする。
これが、俺のとわとわさんとの初めての遭遇だった。
夜になっても、やっぱりあの人の顔がのっぺらぼうだったか否か、頭の中でぐるぐる渦巻いていた。
幼い頃に聞かされたとわとわさんの事も頭によぎったが、『初めはのっぺらぼうだが、何度も会うようになると顔がだんだん現れる』という部分をど忘れしていて、いまいち当時はその存在と一致しなかった。
そしてしばらくはとわとわさんを見ないで高校生になったわけだが、俺はバレー部で先輩から酷いイジメを受けて学校に行けなくなってしまった。
当時は今みたいに不登校に寛容な時代ではなかったから、親からは罵られ、担任とは一週間に一回の頻度で無理やり圧迫面談させられた。
イジメていた先輩達が優等生だったせいで、立場的にも俺が不利だった。
田舎だから外出して近所中の噂になっても困るから・・・という理由で、親からは必要時以外は外出するなと念押しされた。
俺は何もやる気が起こらなくて、昼12時くらいに起きて、夜遅くまでパソコンをするという、典型的なニート生活を送っていた。
そこで、とわとわさんと2回目の遭遇をする。
ある日起きると、部屋に人の気配がする。
慌てて掛け布団の中に潜り込んだ。
親かな?と思ったが、いつも通り昼12時に起きたのなら、とっくに二人とも働きに行っているはずだ。
ばあちゃんの気配でもない。
もしかしてこの家が不在だと思って侵入した泥棒?と思った。
もう考えられるのはそれ以外なく、意を決して布団の隙間から覗いてみた。
足があった。
短パンなのか、毛むくじゃらのおっさんの足っぽい。
そして、短パンのジャージがちらっと見えた瞬間、見るのを止めた。
フラッシュバックしたからだ。
小3の時に見たあのおっさんと。
20秒ほど経った後、確信した。
これが『とわとわさん』なんだ、と。
正直俺は、とわとわさんがどうやってこの部屋に入って来たかどうかなんてどうでもよくなり、ただただとわとわさんが実在したことに対して心の整理が出来なかった。
その後、とわとわさんは10分ほど同じ場所に突っ立っていたが、気づいたら居なくなっていた。
この事を境に、俺はとわとわさんと頻繁に、いや、ほぼ毎日会うようになっていく。
そんな事があり、この事を親に言うかどうか真剣に迷った。
不法侵入でもあるし。
でも当時は親との関係が最悪で、一週間に一度会話するかしないかだったから話せなかった。
ここで話さなかったせいで、後々酷いことになるのだが・・・。
次の日もいつも通り起きて、起きた瞬間にやはり部屋の中に何かの気配がする。
反射的に布団の中に潜り込んで昨日と同じように見てみると、やはりヤツが居た。
さすがに2日連続は気味が悪くなった。
でもあの顔があののっぺらぼうだと思うと、立ち向かうにも立ち向かえない。
結局、その日もヤツは10分ほどして消えた。
それが一週間くらい続き、こちらも変に慣れてきた自分がいて、これはマズイと思った。
薄々だったが、とわとわさんは人間ではない何かだな、とは気づいていた。
でもよく思い出してみると、とわとわさんは怠けたりサボったりした者の前に現れると聞く。
これは、とわとわさんが俺を怠け者だと見なしていると思うと、なんだか腹が立った。
実際ニートだったし、高校生の俺は素直ではないから、俺はイジメられて学校に行けないだけで、それを理解しようとしない親と担任が悪い、と自分の中で言い聞かせていた。
とわとわさんが出始めて一ヶ月ほど経った頃。
その日、俺は担任との面談でいつも以上にボロカスに言われ、かなり苛立っていた。
最悪の状態で眠りについたが、起きるとヤツがやはり居る。
もう頭の中がマイナスの感情で一杯になり、いつものように布団に潜って・・・ではなくて、とわとわさんを罵倒した。
かなり汚い言葉を浴びせまくった。
「俺は決して怠け者なんかじゃない!だからここに来るな!」と。
とわとわさんが見えない人が見たら、麻薬の幻聴が見えているんじゃないかと疑うくらいに。
浴びせるだけの言葉を浴びせた俺は、寝起きの目がだんだんとはっきりしていくのを感じた。
でもそれは同時に、のっぺらぼうのとわとわさんの顔を見てしまうことに気づいた。
そこに居たのは、予想通りとわとわさんだった。
小さい頃に見たまんまだった。
でも顔は、のっぺらぼうではない。
良くも悪くも普通のおっさんの顔だった。
ずっと真顔だから怖かったが・・・。
とわとわさんは俺と目が合うと、すぐさま部屋から出て行った。
慌てて後を追いかけたが、そこにとわとわさんの姿はなかった。
それ以降、とわとわさんは俺の前に姿を見せなくなった。
言われたことが余程ショックだったのかと思ったが、心地よい目覚めを再び迎えることが出来るようになったと喜んだ。
だが、とわとわさんとの遭遇はこれで終わりではなかった。
むしろ、ここからが本番だった。
(続く)とわとわさん 2/2