空っぽの犬小屋へ入る四つん這いの影
これは、顔馴染みから聞いた話。
彼の家の前には、ものすごい豪邸があるらしい。
そこの庭の一角に、これまた豪華な犬小屋が置かれている。
ちょっと前まで立派な犬がいたのだが、今は死んでしまったのか、何もいない。
ある寝苦しい夜、ぼんやりとそこの庭を眺めていると、何やら動く影が見えた。
芝生の上を大きなものがうろうろしている。
どう見ても、『四つん這いになった人の影』だった。
息を殺して見ていると、やがて影は犬小屋の中へ入っていった。
それからすぐに、母屋から人が出てきた。
顔見知りの住人だ。
懐中電灯で足元を照らしながら、犬小屋の方へ向かっている。
小屋の前まで辿り着くと、電灯の光をその中へ向けた。
犬小屋の中には、何の姿も見えなかった。
彼の目線からでも、空っぽの小屋内が見えたのだという。
彼が見ていた間に、犬小屋から出ていったものはない。
さっき入っていった影は、宙に溶けるように消えていた。
住人は首を傾げながら母屋へ帰っていく。
彼はそこでカーテンを閉め、それ以上は庭が見えないようにしたのだと。
その後、何度かその住人と顔を合わし会話をしたが、あの夜の影については結局は聞けていないままなのだそうだ。
(終)