底無しの闇だったゴミ処理場所
これは、特殊清掃の仕事をしていた時の体験話。
私が働いていた会社は、死人が出た部屋の掃除やペットの死体処理、それにゴミ屋敷の撤去まで受注していた。
その中でもゴミ屋敷の撤去、とりわけ『ゴミの処分方法』は地域によってかなり差がある。
法人が家屋内のゴミをトラックに積むという作業自体に自治体の許可が必要だけれど、この許可は地方自治体によって、紙切れ一枚とトラックがあれば誰でも取れる地域から、どんなにあがいても一般企業に許可が下りない地域がある。
そして私が働いていた会社は、ゴミ屋敷の撤去を受けるにも関わらず許可が下りない地域だった。
「あそこは合法だから」
けれど、そういう時に使う合法的にゴミを捨てる裏技のようなものがあり、それは古物商や貨物運送の認可を使うようなものだ。
これはかなりグレーゾーンの方法で、何よりこの裏技は、ゴミをトラックで運べるだけで処分場所を確保出来るわけではなかったものだから、処分に関しては会社によって様々だった。
その頃の私は、その会社に入社したばかりで見習いのような扱いだったものだから、何処の現場で作業をする時も社長が同行してくれていた。
ある日、ゴミ屋敷の仕事が入った時もそうで、営業担当が行った見積もりから一週間後に社長を含む6名で行うことになった。
作業は初日にリサイクル出来る資源や物を分け、2日目に積み込むという形で進み、予定通り2日目の夜にはトラック2台がびっしり埋まって現場は空になった。
社長とお客が精算を終えると、社長が「今日はお前に処分を付き合ってもらうわ」と私に言った。
他の従業員が普通車で事務所に戻った後、私は慣れない4トン車を運転して社長の運転するトラックに付いて行った。
最初は見慣れた国道だったけれど、段々と曲がって細道を抜けていくうちに、行ったことのない工業地帯に入った。
道の両側には何を入れているか分からない倉庫や、看板のない自動車修理屋のようなものが見えていた。
いかにも闇だな・・・と周りを伺いながら走っていると、車内にある無線に社長から連絡が入った。
「これから行く所は道は覚えなくていいし、誰かの顔も名前も覚えなくていい。挨拶もいらないから」
少し油断していた時に突然そう言われ、私は焦りながら無線で「分かりました」と返事をして、背中の汗が冷たくなっていくのを感じた。
そこからさらに10分ほど進んだ所で右に曲がった。
その途端、辺りが真っ暗になり、そこは私道だと気づいた。
道の両側には何もなく、社長のトラックのテールランプを頼りに進んでいった。
トラックのブレーキランプが点いたところで慌てて停車し、エンジンを切ろうとした時にまた無線が入った。
「エンジンそのままで車から降りなくていい」
返事をしようとしたところで息が詰まった。
社長のトラックと私のトラックの間に何か出てきたからだ。
ライトに照らされたのは70歳位の老人達だった。
目の前だけで20人はいたと思う。
髪は歪に禿げていて、所々破けたシミだらけの服を着ている。
男も女もいた。
直後、私のトラックが揺れ始めて、その人達の数が目の前だけではないと気づいた。
とっさにドアに鍵をかけ、社長に無線を送った。
かなり慌てていたからよく分からないことを言っていたと思う。
けれど、返答はなかった。
老人達はトラックの荷台を開けると、中のゴミに群がって左右に放っていき、私のトラックの揺れもどんどん大きくなっていった。
日本の底辺中の底辺、ここは『底無しの闇』だと思った。
ゴミを左右に放っていく度に見える横顔はどれも無表情で、たまに出てくる生ゴミを取り合って、パーでもないグーでもない手で殴り合っていた。
ゴミを放る左右の場所はライトで照らされているはずなのに、不気味な程に真っ暗だった。
私は何故か目から涙が出てきて、作業着の膝に額を付けて丸まった。
トラックが揺れる振動と外から聞こえるゴミを掻き分ける音が重なり、「オーンオーンオーン」と耳に響いた。
気が付くと音が止んでいて、頭を起こすと老人が一人だけ居て、こちらを向いていた。
皺(しわ)か煤(すす)か分からないようなぐちゃぐちゃの顔で、「ニィ」と口角を上げていた。
歯は一本もなかった。
そしてこちらに何か言っていた。
口の動きは会社で見慣れた「ありがとうございました」だったと思う。
老人が道から消えたところで社長のトラックが進み出し、付いて行くとまた知らない道に出たけれど、しばらくすると見知った道に。
その後、そこへ行ったことや社長とその話をしたことはなかったけれど、その日の帰りに一言だけ「あそこは合法だから」と言っていた。
凄く失礼だけれど、「ああなってはいけない・・・」と深く思った。
(終)