急死した彼らが見たのは死神だったのか
これは、友人の話。
彼とは随分昔からの山仲間なのだが、すっかり出不精になった私と違い、あちらは今でもよく山に登っている。
この前、久しぶりに会った際、最近はどこを登っているのかという話になった。
よく一緒に登っていた岳を思い出した私は、「あそこには今でも行ってるの?」と尋ねた。
彼は顔をしかめて、次のような話を聞かせてくれた。
「今はあそこに登ってない。っていうか近寄ってすらいない。
前に瀬川君(仮名)と登ったんだけど、下りてから彼が変なことを言ったんだ。『今でもキスリングを使ってる人、いるんだな』って。
何のことだと尋ねたら、『僕らの前にキスリングと鳥打ち帽姿の登山者が歩いていただろ?』って、そんなことを言うんだ」
キスリングザックとは、昔に使われていた帆布製のリュックサックのことだ。※参考=記事の見出し画像
大容量で頑丈だが、横幅が広い構造で、肩への負担が大きい。
またパッキングも難しいことから、今ではほとんど使われなくなっている。※パッキング=荷造り
「瀬川君によると、『下りの途中からずっと見えてたぞ』なんて言うんだけど、僕はそんな格好の登山者なんて誰一人として見てないんだ。
というか、あの日は僕ら以外、誰もあの山道を歩いてなんていなかった。彼は『いた!』、僕は『いない!』って押し問答になったんだけど、まぁそこはとりあえずそれで終わったんだよね。
それで後日、別の山仲間にこの話をしてみたんだ。何の気なしに。そうしたら、えらく不気味な話を教えてくれた。
その彼女曰く、『私たちもあの山で同じ体験をしたことがある』って。
まったく同じように、彼女の連れの内一人だけが目撃していたんだって。そう、古風なキスリングを背負った男性の姿を。
それを見た子は、『私って霊感があるから~』なんて嘯(うそぶ)いていたそうだけど、それから2ヶ月くらい後に突然死んじゃったらしい。
そのうちに誰かが、『あの子が見た男性は死神だったんじゃないの…?』なんて言い出して、えらく怖い思いをしたんだとか」
そこまで聞いてから、私は静かに問うた。
「この前、君と会ったのは確か、瀬川君の葬式の時だったよね。今聞かせてくれた話は一体いつぐらい前の話なんだ?」
彼が答える。
「葬式の日より2ヶ月以上は前だね。3ヶ月は経っていなかったと思う」
少し鳥肌が立った。
しかし、「本当に死神を見たのかな?」と言う私に、彼は否定的だった。
「いや、そりゃぁ、違うと思うんだけどね。あそこって結構有名所だし、年に一体何人が登ってると思ってんの。
話題にそうそう上らないってことは、何ともない人が大部分なんだろう。実際、僕らも結構あの山に登ったけど、まったく何もなかったじゃない」
「でもねぇ…」
そう私が零すと、「だよねぇ。どこか薄気味が悪くて、ちょっと登れなくなっちゃった」と、彼は顔をしかめながらそう返答した。
(終)