スイカと呼ばれる山の遺体

割れたスイカ

 

これは霊感の強い友人から聞いた、同じく霊感の強い彼のお兄さんの体験話。

 

以後、お兄さんを彼と呼ぶ。

 

あやふやだが、場所は富士山に近い槍ヶ岳というような地名だったかと思う。

 

そこには標高の高い所に、万年雪というか、切り立った斜面一面に氷が張ってツルツルになる箇所があるとか。

 

靴にノコギリの歯のようなものを付けなくては一歩も登れず、また足を滑らすと何百メートルもある斜面を一番下に待ち構えている岩場まで、止まることなく真っ逆さまに滑り落ちてしまうという。

 

人の体は頭が重いため、滑り落ちていく間に必然的に頭が下を向いてしまい、最後には岩場に強打し、まるでスイカ割りのスイカのようにパッカリと弾けてしまう。

 

そんな遺体を、そこの山男たちの間では『スイカ』と呼んでいる。

 

まるで水死体が”どざえもん”と呼ばれるように。

 

山に詳しい方ならおわかりになると思うが、山で遭難されたりして亡くなった方々の遺体というのは、探し当てられた時には死亡の確認がされるだけ。

 

麓まで下ろすのは非常に労力が必要とされるためになかなか運ばれず、多くの場合はムシロを掛けるだけになってしまう。

 

彼は大学時代、山岳部に入っていた。

 

いわゆる山男だが、これはまだ入部して間もない頃に、その山に登った時のこと。

 

一行は縦に連なって山を登っていた。

 

こういった時は登山のルールとして、最後尾には一番のベテラン、先頭には同じくらいのベテランが付く。

 

彼はまだ経験も浅く、隊の前から二人目にいた。

 

そして前述の氷壁に差し掛かったところで、下を覗くと遥か下の方に盛り上がっているムシロが見えた。

 

あらかじめ先輩から話を聞いていた彼は、「ああ、あれがスイカか…。まいったなぁ。嫌なもん見ちゃった」と思ったそうで。

 

しかしながら遥か下に見えるだけで、まだ初心者の域を出ていない彼にとっては前に進むことが大変なことだった。

 

そちらに夢中になり、すぐにそのことは忘れてしまった。

 

それに、一行に彼が加わっていたせいか、山小屋に到着できないまま夕方に。

 

ただ難所は越えており、山小屋はもうすぐの所まで来ていたのでそう焦ることなく、道とも言えないような道を進んでいた。

 

息を荒げながら彼がふっと見上げたその先に、下山してくる別の一団が見えた。

 

「あ、下りていく人たちか。ん?あれ?」

 

そう、夕方に山小屋に近いくらいの所から下りていくわけがないのだ。

 

夜になれば視界がなくなる。

 

おかしいなと思った瞬間、先頭にいる先輩が前方の一団に気づいたらしく、突然体を強張らせ、立ち止まってしまった。

 

同時に一行は張り詰めたようにその場に固まってしまい、彼は慣れない状況にパニックになってしまいながらも、声を出して原因を尋ねることもなぜか出来ず、前方を凝視していた。

 

前方の一団は、フワフワというかピョンピョンと浮かんでいるような跳ねる足取りで、山小屋までの一本道をまっすぐこちらに向かって来る。

 

そして、もう二十メートル程という所まで近づいて来た時だった。

 

その一団が一様にスイカであることに気がついた。

 

さっきまでの言い知れぬ不安感が、一瞬にして恐怖感に変わる。

 

ソレらはパッカリと頭を割って真っ赤な血を流しながらも、千鳥足で近づいて来る。

 

そして、とうとうスイカの一団と先頭がぶつかった。

 

ソレらはゆっくりと先頭から、メンバーの顔の前まで顔を持ってきて、じっくり覗き込んでは次々と横を通り過ぎていく。

 

幾つスイカがいたのかはわからなかったが、どうやら交差し終わったのか、金縛りのようなものが取れた。

 

次の瞬間、何だったんだろう?と彼が後ろを振り向こうとしたその時、「後ろを振り返るな!」と最後尾の先輩が大声で叫んだ。

 

ビクッとした後、体が強張りながらも動けるようになった一行は、一目散に山小屋を目指した。

 

山小屋に着くと彼はすぐ先輩に、スイカの一団と振り返るなと言われた理由を尋ねたのは言うまでもない。

 

やはり、アレはここで亡くなった方々の霊のようなものであり、また一団が通り過ぎた後に振り返ると、『山から引きずり下ろされ、そのままあの世に連れていかれてしまう』という言い伝えがあるとのことだった。

 

最後に、彼ら一行はその後は何事もなく無事に山を下り、彼は今では神父になっているという。

 

(終)

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