山越えのトンネル工事計画の下見にて
これは、取引先の仕事仲間から聞いた話。
彼がまだ若かった頃というから、ずいぶん昔のことになる。
当時はまだペーペーだった彼は、地質調査会社の仕事をしていた。
こう呼ぶと格好は良いが、要は山師だ。※山師=山を歩き回って鉱脈を見つけたり、立木の売買をしたりする職業の人。
ある時、山越えの道路建設が計画され、峠にトンネルを掘ることに。
そのトンネルは一旦、ある沢で地上に顔を出し、すぐ次のトンネルに続く図面だった。
彼はその建設会社の下見の先導を請け負ったのだが、なにぶん狭い世界のこと、その計画は山師仲間内に知れ渡ってしまったらしい。
幾日か後、さして親しくもなかった山師仲間の一人が、深刻な顔で彼の自宅を訪れた。
「あの沢だけはやめとけ」
家人にそれだけを言い残すと、プイッと去って行ったそうな。
さりとて、理由もなく受けた仕事を放り出すわけにもいかず、次の日に彼は山の持ち主の所へ仁義を切るため、建設会社の下見の技師と共に訪れた。
幸いにも山の持ち主は良い人で、快く山の下見を許してくれた。
連れの技師の話では、土地の買収交渉も順調に進んでいたらしい。
しかし、持ち主に下見のルートを説明して件の沢の所まで来た時に、持ち主の顔色がサッと変わった。
「ここには性質の良くねぇ奴がいる。やめときな」
それっきり、持ち主は黙ってしまった。
何の性質が良くないのか尋ねてみたが、確たる答えは得られなかった。
彼は仲間のこともあって気にはなったが、訳のわからない理由で下見を中止する訳にもいかず、その日はそれで引き上げた。
数日後、天候に恵まれそうな日を選び、彼と技師は調査に出かけた。
深い山ではないので日帰り予定にて、彼が先頭に立って藪を漕ぎ、後ろから技師が測量棒を杖代わりに付いていく。
なにせ、技師はお客様、粗末に扱うわけにもいかない。
順調にトンネルの入り口予定地点の調査を終えて第二地点、つまりトンネルの中継点となる件の沢に差し掛かる。
もう沢が見え、最後の藪を鉈で払おうと振り上げたその時、鉈がヘビになった。
見たわけではないが、覚えのあるヘビを掴んだ感触、そしてその胴体が手の中でのたうつ。
思わず手を離したが、勢いのついた鉈は彼の足元にグサリと刺さった。
靴の金具で止まっていたので、辛うじて怪我は免れた。
そしてヘビなど、どこにも居なかった。
自分自身より動転している技師を宥めながら、二人は沢に入り、所定の調査をする。
その間も、彼は手に残ったヘビの感触が気味悪く、調査は上の空だった。
調査もそこそこに二人は沢を離れ、最終地点であるトンネルの出口に向けて出発した。
藪を漕いで三メートルほど進んだところで、「ひゃっ!」という声と共にブンッと音を立てて、測量棒が彼の頬を掠めて目の前の地面に突き刺さった。
後ろを振り向くと、技師が青い顔で呟いていた。
「ヘビが・・・」
彼は全てを理解した。
数年後、その峠を自動車で通り過ぎたが、峠には一本の長いトンネルが作られていた。
(終)