死期が迫った老婆の呟き
知り合いの看護婦に聞いた話。
彼女が勤務していたのは、
個人経営の病院。
ターミナルケアの老人が半数を占める
病院だったそうだ。
ある夜、
彼女の担当している病室から
ナースコールがあった。
呼び出ししたのは老婆。
痴呆が進み、
ほとんど植物人間状態の患者だった。
「どうしたの?おばあちゃん」
彼女は耳元で声をかけた。
すると、
「○○さん、あんたも連れてくよ」
その老婆は瞼を微かに開けて、
静かに呟いたそうだ。
「何?おばあちゃん?
何て言ったの?」
彼女はよく聞き取れず、
もう一度訊ねた。
すると、
老婆はもう一度呟き、
完全に眼を閉じたそうだ。
○○さん?
彼女は聞き覚えがあった。
老婆の見舞い客の一人に、
その名前の中年女性がいたことを思い出した。
彼女の危惧していた通り、
翌日に老婆は亡くなった。
それからしばらくして、
ナースルームに老婆の息子夫婦が
折り菓子を持って来た。
案の定、
息子の奥さんの名前が○○さんだった。
彼女は病院を去ろうとする奥さんに、
老婆の最後の言葉を伝えるべきか迷った。
それは非常識だし、
縁起でもないことだったので、
結局は言えなかったそうだ。
一週間ほど過ぎたある日、
彼女は救急当番のシフトに就いていた。
深夜にナースルームで待機していると、
コールサインが鳴った。
救急車が到着し、
緊急治療室に一人の女性が運ばれて来た。
なんと、
あの○○さんだった。
彼女は姿を見せない研修医を呼びに、
休憩室へ走ったそうだ。
「急患です。急いで下さい」
彼女は休憩室の扉に手をかけて、
呼びかけた。
そして扉を開けた瞬間、
彼女は失神したそうだ。
結局、警備員に起こされて、
彼女は意識を取り戻した。
一時間近くも気を失っていたそうだ。
その間に、
○○さんは心臓疾患で亡くなった。
新人の看護婦と研修医の医療処置が
どうだったのかは分からない。
ただ、
彼女は自分のミスだったと感じたそうだ。
研修医も待機中に寝入ってしまったと、
彼女にだけ告白した。
実は金縛りに遭っていた・・・と。
そして、
彼女が見たものは何だったのか・・・
(終)