彼女の描く奇妙な絵と自分がみる奇妙な夢 2/2

美術室

 

深夜、明かり一つ無い

棟の前に立った彼女は、

 

スルスルと壁をよじ登って、

窓のひとつに消えていった。

 

やがてガチャリと音がして、

裏口が開いた。

 

美術棟自体には初めて入ったのだが、

 

中は想像以上に色々なものが

煩雑に転がっていて、

 

思わず「きったねえなあ」、

と言ってしまった。

 

※煩雑(はんざつ)

込み入っていてわずらわしいこと。

 

持ってきた懐中電灯で照らしながら、

書きかけの絵やら木工品やら、

 

学生たちの創作物の中を

掻き分ける様に廊下を進み、

 

3階の一つの部屋に入った。

 

「ここ、私の作品を置いてる物置」

 

確かに見覚えのある作風の絵が、

ところ狭しと並んでいる。

 

夜、こんな風に、

僅かな明かりの中で見ると、

 

言い様のない不気味な雰囲気だった。

 

「前から気になってんだけど、

 

どうしてこういう一箇所だけ

デカイ人を書くの?」

 

今までなんとなく聞けなかったことを、

勢いで聞いてしまった。

 

彼女は右目が異様に大きい人物画を、

懐中電灯で照らしながら答えた。

 

「私ね、子供の時に家族で

南の島に行ったの。

 

ポリネシアの方。

 

そこでこんな民話を聞いたの。

 

昔、人間が今よりもっと大きくて

尊大だった時、

 

その行ないに怒った精霊が呪いをかけて、

人間たちの体を小さくしてしまった。

 

ただし、

 

情けをかけて体の一部だけは

元のまま残してくれた。

 

でも人間たちは大きい手や耳、

鼻やへそを、

 

やがて疎ましく思うようになった。

 

そして精霊にお願いしたのよ。

 

どうか残りの体も

小さくして下さいって」

 

思わず、

まじまじと絵を見つめた。

 

「つまりね、

 

これは小さくなってしまった

巨人なのよ。

 

彼はこの大きな右目だけで、

真実の世界を見ている。

 

でもそれは今の世界を生きるには、

むしろ邪魔だったのね。

 

人間はそうして、

 

愚かで矮小な生き物になることを

自ら選んだと・・・

 

そういうお話だった。

 

※矮小(わいしょう)

丈が低く形の小さいこと。転じて、こぢんまりしていること。

 

すごく面白いモチーフだと

思ったから・・・」

 

そういう彼女の顔には、

微かなかげりがあった。

 

「・・・私ね、

 

信じられないかも知れないけど、

本当に見たのよ。

 

その島の至るところで、

この絵みたいな人。

 

見えていたのは私だけだった。

 

日本に帰ってからも見た。

 

周りにいるの。

 

見えなくなっちゃえって思った。

 

でも、そうはならなかった。

 

ゲゲゲの鬼太郎って知ってる?

 

それに出てくるの。

 

目に見えないお化けを退治する方法。

 

取り憑かれた人に質問をしながら、

石に描いた点線を結ぶと、

 

お化けの正体が現れて、

その石に閉じ込めることができるって話。

 

小学生の時それを読んで、描いた。

 

こんな絵。

 

そしたら見えなくなった。

 

体の一部が大きい人。

 

でも、それから不思議なものを

たくさん見るようになった。

 

言っても信じないよ。

 

とにかく私は、

そんなものを見たくなかった。

 

ね、あの民話みたいでしょ。

 

普通の生活がしたいから、

真実かも知れないものを捨てるの。

 

そうして見たものを、

もう絵には描かなくなった。

 

ただ見ないフリをするだけ。

 

まだこんな絵を描き続けているのは、

本当に面白いモチーフだと思ったから。

 

単純にね」

 

確かに、

 

絵に描かれた体の一部が大きい人は、

白人や日本人ばかりだった。

 

「バカバカしい話だと思う?」

 

彼女はいつもの困ったような顔をしていた。

 

信じられない話だ。

 

荒唐無稽ともいえる。

 

※荒唐無稽(こうとうむけい)

言動に根拠がなく、現実味のないこと。

 

しかし、彼女の話の途中から、

見てしまっていたのだ。

 

彼女の背後に並ぶ棚、

その一番奥まったところにある絵を。

 

それは、夢に出てくる、

あの袋の絵だった。

 

(終)

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