「待ってるからね」と告げる彼女

パンプス靴

 

これは、会社の先輩が体験した話。

 

大学生だった頃、一回り上の女性と付き合っていたそうで。

 

彼女は色々と訳アリの人だったようで、多額の借金もあって風俗で働いていた。

 

かたや先輩はろくに大学へも行かず、毎日のように二人でパチンコをして過ごしていたとか。

 

ある日、いつも通り開店から二人でパチンコを楽しんでいた。

 

しばらく時間が経った頃、彼女が後ろからヒョイと顔を出して、先輩の耳元でボソボソと何かを囁いた。

 

先輩は「え?何?聞こえない!」とパチンコ台から目も離さず返事をすると、今度は耳に息がかかる近さで「待ってるからね!」と、彼女は大きな声で叫ぶように言った。

 

声に驚いた先輩は「何だよ!」とキレながら横を見ると、隣にいた爺さんがポカーンとした顔でこちらを見ていた。

 

あれ?となり周囲を見渡したが、すでに彼女の姿はなかった。

 

先輩は携帯で電話をかけながら店内や店外付近をグルグルと探し回ったが、彼女は見つからず、かけた電話も留守番電話に繋がるだけだった。

 

「俺を置いて帰ったのか?待ってるって家で?ってことかよ」

 

少しイライラしながら彼女のアパートへ向かうと、玄関のドアが僅かに開いていた。

 

「マジで帰って来てんのかよー!!」

 

声を張り上げてドアを開けると、奥の部屋で首をだらりと下げて座っている彼女が見えた。

 

「おーい、どーしたー?」

 

遠くから声をかけるが何の反応もなく、体もピクリとも動かない。

 

嫌な予感がして慌てて彼女に近づくと、タンスの取っ手に結んだ縄で“首を吊っていた”

 

すぐに救急車を呼んだが、手遅れだった。

 

彼女は自殺する直前に母親宛てに手紙を送っており、葬式の際に見せてもらった。

 

その手紙には、借金を全額返済したこと、自分の子供を代わりに育てている母親への感謝と謝罪、子供の将来のこと、実は重い病気を患っていることなどが書かれていた。

 

そして最後には、「短い間だったけど○○君と過ごせて幸せでした。しっかりと大学を卒業して立派な大人になって下さい」と伝えてほしい、と書いてあった。

 

先輩はその言葉を真摯に受け止め、その日からパチンコを止め、真面目に大学へ通って卒業したという。

 

それから数年後のこと。

 

先輩が“一人きり”の社内で残業をしていると、目の前にある電話機の“内線が鳴った”そうだ。

 

22時を過ぎた頃だったので不審に思いながらも受話器を取ると、守衛さんが慌てた様子だった。

 

「○○さん、今お一人ですよね?」

 

「はい、そうですけど」

 

「おかしいなぁ。今、監視カメラに女性が通り過ぎるのが見えたもので」

 

「そうなんですか?誰もいな…」

 

そう途中まで話した瞬間、内線の向こうから突然耳を劈(つんざ)くような爆音が響いた。

 

それは、パチンコ屋の店内の音だった。

 

先輩は驚いてとっさに受話器を置くと、今度は「待ってるからね」と囁く声が聞こえた。

 

耳元に息がかかる距離で。

 

姿は見えないが、彼女がここに来ている。

 

あまりの恐怖に心臓をバクバクさせながら、じっと立っていることしかできない先輩。

 

ピンとした空気が張り詰める中、ドアをノックする音が聞こえ、守衛さんが入って来た。

 

「電話が切れたもので。大丈夫ですか?」

 

その声に一気に緊張の糸が切れ、先輩はその場にしゃがみ込んだ。

 

彼女がなぜ突然現れたのか、「待ってるからね」の意味は何なのかわからないが、後日に有給を取って墓参りに行った。

 

彼女が亡くなって今年で15年経つそうだが、こんな経験をしたのはこの一回だけだという。

 

(終)

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