5年やっていたストーカーをやめた理由
都内某所に住む学生です。
最初に告白しちゃうと、俺は、
ある有名女性タレントMさんの
プチストーカーをやっています。
Mさんはレギュラーも何本か持っていて、
CMにも出ている。
バラドルの中では、
かなり上のランクのタレントさん。
※バラドル
バラエティをメインに活動しているアイドル。
俺は5年前からその彼女のストーカーを
やっているんだけども、
そうは言っても、
彼女の住むマンションの前に張り込んで、
彼女が帰宅するところを双眼鏡で眺める、
というだけのものです。
中に入ろうなどとは思わないし、
彼女と直接接触した事もない。
とはいえ、
この観察ポイントを見つけるのには
それなりに苦労したんだ。
彼女が住む地上20階と、
ちょうど同じ高さの雑居ビルを
向かいに見つけて、
その非常階段から、
しかも人目につかない位置で
観察できるポイントを、
俺なりに探し出したわけだ。
そのおかげで、
彼女の大体の生活パターンは
把握できた。
芸能界という不規則な職場なので、
ほとんどの日が帰る時間はバラバラ
なんだけど、(帰らない日もある)
月曜と木曜と金曜だけは、
決まった時間に帰る。
具体的には月曜が朝の9時半で、
木曜と金曜が夜の10時。
これは確実です。
2ヶ月前くらいのある木曜なんだけど、
いつものように彼女が帰宅した。
ほぼ夜10時で予定通り。
エレベーターから出てきた彼女が、
俺の双眼鏡の視界の左から現れては
右へ歩いていき、
部屋の前で止まってドアを開けて入る。
いつもならこれで終わり。
これだけのために、
俺はここに張り込むわけだ。
が、その日、
彼女が部屋に入り、
俺が双眼鏡を下ろそうとした時、
視界の端に何か違和感を感じたんだ。
その時はそれが何なのか、
確認することも出来なかったんだけど・・・
次の日。
この日も夜10時。
彼女は、
ほぼ時刻通りに帰宅。
この日、俺は彼女が部屋に入った後も、
双眼鏡で覗き続けてみた。
すると視界の左、
彼女の部屋のドアから左に
5メートルくらいの位置の壁に、
黒いシミが2つ、
一瞬浮かんで消えるのが見えた。
次の月曜。
この日は朝の9時半だ。
彼女がドアを開けて部屋に入る。
俺は視線を左に移す。
前にシミが出た場所を見つめるが、
何もない。
この前のシミは目の錯覚だったのか?
次の木曜。
夜の10時。
彼女がドアを開けて部屋に入る。
俺は左を見る。
シミが浮き出た!
今度は、はっきりと見た。
胸の高さくらいの位置に、
黒いシミが2つ。
ちょうどラグビーボールくらいの大きさで、
楕円形のシミが壁に浮き出て消えるのが
はっきり見えた。
こうなったら彼女も気になるが、
それよりもその謎のシミの方が気になる。
どうしてすぐ消えるのか?
・・・というか、
あれは一体何なんだ?
数日観察し続けて分かった法則は、
「朝はシミが出ない。
シミが出るのは夜だけ」
「彼女が部屋に入った後、
すぐシミが出る。
その前後は暫くしても出ない」
これくらいだった。
今日は金曜の夜。
おそらく今日もシミは出るだろう。
彼女が帰ってきた。
案の定、シミが出た。
ほら、やっぱりな。
あれ、でもちょっと待て。
今までは彼女が部屋に入ってから、
シミが出ていたよな。
今日は彼女がドアを開けている最中に、
もうシミが出たぞ?
もちろん彼女はそんなことに
気がつく様子はないが。
それからというもの、
彼女が部屋へ入る前に、
シミが出続けるようになった。
どうやら法則は、
「彼女が部屋に入った後、
すぐシミが出る」
だったようだ。
それどころか、
もっと正確な法則に俺は気がついてしまった。
シミが出るタイミングは、
日に日に早まっているのだ。
3週間も経った頃には、
ドアの手前3メートルくらいのところで、
もうシミが出るようになった。
つまり、シミとドアの真ん中あたりに
彼女がさしかかった時点で、
もうシミが出るようになったということだ。
あと1つ分かったこと。
シミの大きさも確実に大きくなっている。
1か月後。
シミが3つに増えた。
2つ出るシミのちょうど中央、
2つのシミより30センチくらい上の位置に、
もう1つのシミが出るようになった。
この頃になると、
もう彼女とシミの距離は、
1メートルくらいしか無くなっていた。
俺が最初にシミを見るようになってから、
3ヶ月くらい経っただろうか。
ついに、
シミの正体が分かった。
手だ。
2つのシミは両腕で、
真っ黒い腕と指が伸びて消えるのが
はっきり見えた。
もはや、ここまで来ると、
シミというレベルじゃない。
シミのような平面的なものではなく、
壁から黒い腕がにょきっと生えて、
すっと消える。
完全な立体だ。
おそらく真ん中のシミは頭の部分で、
それもこの分だと
そのうち見えてくるんだろうな、
という事態は余裕で予測できた。
・・・案の定、
その数日後、
頭が出てきやがった。
真っ黒いシルエットだが、
明らかに立体の頭だ。
髪型は確認できず、
スキンヘッドのように見える。
そして、そんなことより、
と言っていいのか分からないが、
そいつの腕の部分が、
明らかに彼女を掴もうとしているんだ。
今はまだギリギリ
彼女に触れないタイミングだが、
数日もすれば、
彼女に触れるんじゃないか。
しかし、
そんなことを彼女に言えるはずもない。
言ったところで信じるはずもない。
俺が逮捕されるだけだ。
俺にはどうすることも出来ない。
次の金曜。
夜10時。
彼女が帰宅する。
エレベーターを降りて数歩のところで、
あのシミが出た。
シミの腕が彼女の服に少し触れかかったが、
ギリギリ触れなかった。
いつもなら、ここですっと
壁の中に引っ込んでいくのだが、
今日のシミは引っ込まない。
シミの顔が俺の方を向いた。
真っ黒い「そいつ」が、
俺の方に向かってくねくねと踊り出した。
俺は、この日を最後に、
ストーカー行為をやめた。
(終)