あの部屋には二度と入りたくない
俺はビジネスホテルに勤めているのだが、最近ちょっと怖い事があった。
ちなみに、幽霊の噂は特に無いホテル。
このホテルには、数年前に『飛び降り自殺』があった部屋がある。
その部屋は今は普通に客室として使われている。
もちろんそんな事は、古めのホテルならどこでもあるだろう。
俺はその部屋に、前日の宿泊客の忘れ物を取りに行った。
直さなきゃ直さなきゃ直さなきゃ
ふと窓を見た時に、飛び降りた下の屋根部分(食堂の屋根がある)に凹みがある事を思い出して、好奇心か何か分からないが、なんだか無性に見たくなった。
清掃中だったので窓は開いており、そっと外を覗いて見たらベコッと凹んだ屋根が見えた。
あんな固い材質が凹むなんて相当痛いだろうなぁ、なんて思った瞬間、俺にあの凹みが直せる気がしてきた。
俺ならこの窓からピョーンと飛び降りて軽く屋根に着地できるし、凹みに触っただけで直るに決まっている、そう思った。
すると、自分の体重が突然感じられなくなって、今この窓を掴んでいる手にちょっと力を入れれば空中にフワリと浮かんで外に出れる気がした。
さぁ直さなきゃ直さなきゃ、ホテルマンとしてあの凹みを直さずにはいられない。
直さなきゃ直さなきゃ直さなきゃ直さなきゃ直さなきゃ直さなきゃ・・・。
「清掃入っていいですか~?」
突然後ろから話かけられ、ハッと我に返った。
その時、指が白くなるくらいの力で窓の桟を握っていた。
俺には霊感なんて全く無いし、そういったものを信じている訳ではないが、あの部屋には二度と入りたくないと思った。
そして今日も通常通り、その部屋にはお客様が入る。
(終)