夜中に下の部屋から聞こえるざわつき声 1/2
高校を卒業し、進学して一人暮らしを始めたばかりの頃の話。
ある夜、部屋で一人ゲームをしていると、下の方から大勢の人がザワザワと騒ぐような声が聞こえてきた。
俺は、「下の階の人のところに客が一杯来ているのかな?」とも思ったが、耳を澄ましてよく聞いてみると、声の感じから数人という事はなさそうだ。
もっと大勢の人の声のように聞こえる。
気のせいかもしれないが、まるで大きな駅などのような雑踏のざわつきのような感じだ。
その時は「そういう映画かテレビ番組でも見ているのかな?」と考えながら、それ以上は気にせずにいた。
だが、寝る頃になっても一向に『ざわつき声』が無くなることはなく、そこまで大きな音ではないのだが、深夜3時頃まで聞こえていたせいで結局は気になってその日はほとんど寝ることが出来なかった。
それから数日間、毎日ではないが夜10時頃から深夜3時頃まで頻繁にざわつき声が聞こえてくるので、俺はろくに眠ることが出来ず、そろそろ苦情を言おうと階下の人のところへ行くことにした。
階下の住人は何かを知っている?
呼び鈴を押してしばらくすると、住人が出てきた。
年は俺より2つか3つ上くらいだろうか、見た感じは学生っぽく見える。
俺が上の階の住人である事を話し、苦情を言おうとすると、その人はいきなり不機嫌になり、「あんた毎日毎日真夜中に何やってんだ。うるさくて仕方がないんだが」と逆に言われてしまった。
(ここからは下の階の人を仮にサトウさんとする)
意味が分からない俺は事情を最初から話して、下の方からほとんど毎日のように大勢の人のざわつき声のようなものが聞こえてくると話すと、サトウさんはざわつき声が夜になると“上から”聞こえてきて、そろそろ大家か不動産屋に苦情を言おうと思っていたと話し出した。
その話を聞いて、俺は理由はよく分からないが何か嫌な感じがしてきた。
あれは明らかに人の声だ。
何度も聞いているから聞き間違いはない。
それに、サトウさんも『大勢の人のざわめき』である事は間違いないと言う。
しばらくの沈黙の後、「天井裏に何かあるのかな?」とサトウさんが言ってきた。
「天井裏に行ってみる?」
サトウさんがそう切り出してきて、俺の返事も待たずに懐中電灯を持ち出してきた。
だが、俺は勝手に解決しようとして万が一にも天井を踏み抜いたり、そうでなくとも何かを壊してしまったら後々問題になるかもしれないと思った。
ここは管理している不動産屋に事情を話して来てもらった方が良いんじゃないか?と提案し、行く気満々のサトウさんを説得した。
そして俺は、不動産屋に「ざわつき声がする」と言うと不信に思われるのでその辺りははぐらかし、「床下から何か異音がする」と白々しく電話を入れた。
すると、不動産屋はどうやら天井裏にネズミか何かが入り込んだと思ったのだろうか、数日以内に業者を連れてそちらに向かうと言ってきた。
俺は、何か結果的に騙しているような感じになってしまってちょっと引け目を感じたが、その事をサトウさんに話すと、「まあ、異音がするのは事実だし、とにかく来てもらおうよ」という事で、特に問題ないだろうとなった。
当日、結構早い時間にサトウさんが俺の部屋にやってきた。
不動産屋と約束した時間には、まだかなりの余裕がある。
彼が言うには、どうも急な用事が入ってしまって今日は立ち会えないとの事で、「不動産屋が来たら、問題ないから合鍵で勝手に部屋に入ってしまって構わないと伝えて欲しい」との事だった。
そんな事くらい自分で電話しろよ・・・俺はそう思ったが、まあ仕方がないので了解し、不動産屋との待ち合わせの時間まで待機する事にした。
そして、昼少し前くらいに不動産屋が駆除業者と一緒にやって来た。
不動産屋が「サトウさんと連絡が取れないが何か聞いていないか?」と言うので、今日の早朝にあったことを話すと、少し困った顔をしたが一応サトウさんの部屋へ行く事にした。
話を聞くと、1階と2階の間を調べるにはサトウさんの部屋のバスルームの天井から入るしかないらしい。
サトウさんの部屋に行くと、合鍵で開けて欲しいとの事だったが何故か部屋のカギは開いていた。
さすがに俺が入るのは問題があると思ったので、不動産屋と業者に任せて外で待っていると、突然中から「うわ!大丈夫ですか!?」という声が聞こえてきた。
何事かと玄関のドアを開けてみると、不動産屋と業者が真っ青な顔をして出てきて、「警察に電話を・・・」と言ってきた。
その間も色々あったのだが長くなるので結論から書くと、サトウさんがバスルームで死んでいたらしい。
それからは大変だった。
パトカーや救急車がやってきて大騒ぎになり、俺も警察から色々と事情を聞かれた。
朝にサトウさんと話した時は、不信な様子は少なくとも俺の見た感じでは一切なかった事を話し、一応天井裏の事を警察に話すとそれも含めて調べていたようだが、何か見付かったのかとかそういう事は何も教えてもらえなかった。
結局、俺としては天井裏のざわめき声も含め、サトウさんの死因も何もかもあやふやなままになってしまった。
そして、その日の夜の事。
色々ありすぎたので疲れてしまい、さっさと寝てしまおうと早めに布団に入ると、あのざわめき声がいきなり聞こえてきた。
だが、何かがいつもと様子が違う。
よく分からないが、違和感を感じる。
しばらくして違和感が何なのかに気が付いた。
今までは下から聞こえてきていた声が、明らかに横から聞こえる。
しかも、今までは床越しに聞いていたので多少くぐもって聞こえていたのだが、今回はまるで同じ部屋の中から聞こえてくるように鮮明だ。
そう考えた途端、急に背筋が寒くなってきた。
目を開けて声の方を見てみたい気持ちもあるが、正直言って怖い。
そうは言っても、やはり声の正体は気になる。
俺は意を決して布団から起き上がり、声のする方向を見た。
そして、とんでもないものを見た。
そこにはスーツ姿の男が一人立っていた。
ただ、厳密には”立っていた”というのとは少し状態が違う。
まるで水面から上半身だけを出しているかのように、床から人の上半身が生えているような状態だ。
それだけでもかなり異様な状況なのだが、そのスーツ姿の男は眼球を上下左右に激しく動かし、口もまるで早口言葉を喋っているかのように激しく動いている。
そして、その口からあの大勢の人のざわめき声が聞こえてきていた。
俺はあまりの事に体が動かせず、訳も分からずそのスーツ姿の男を凝視していると、暗がりに目が慣れてきて、もう一つ異様なものを見つけた。
サトウさんだ。